ホーム・計量計測データバンクエッセーエッセー2006年一覧>松本栄寿

最後の審判「オテル・デューの天秤 」

日本計量史学会副会長 松本栄寿  

 2003年の夏、パリのリオン駅から新幹線TGVで一路南へ、ブルゴーニュ地方のボーヌを目指した。この地ボーヌの施療院オテル・デュー(Hotel-Dieu)にある祭壇画「最後の審判」を見るためである。

 人間の善い行いをすすめ、悪い行いをこらしめる思想は、昔から多くの宗教書にも取り上げられている。また、「天びん」という道具を利用することで善悪の差の判定が容易になったとして、死後審判の思想は、人間の最も関心の深い死後の生活の説明に結びつけられてきた。

 1451年に建てられた施療院オテル・デューの創設者は、ブルゴーニュ公国の裕福な宰相であったニコラ・ロランである。この施療院には50ヘクタールの葡萄園があって、その利益で無償で病人の看護をおこなっていた。1971年までは実際に使われていたが、今は建物は観光客に公開されている。中庭から見る建物の幾何学模様のタイル屋根は色鮮やで美しい。建物と内部は中世から今日にいたるまでそのままの形で保存されている。

  オテル・デューの中に足を踏み入れると、当時の様子がそのままうかがえる。

大広間にチャペルがあってそこに祭壇画、「最後の審判」がある。この画はロラン宰相が制作させたもので、作者はフランドルの画家、ロヒール・ウェイデンである。彼は初期フランドル美術の最大の巨匠といわれ、ここの最後の審判は彼の作品のなかで最も大きく格調高い。この装飾屏風には細密画法ミニチュアールと呼ばれる手法が使われている。

  薄暗い照明の部屋で、画の中央に大きなレンズがついている。観客はそこからレンズを通して拡大して細かな画法を見ることができる。

 中央の画の上部にはキリストが審判者として立っている。キリストの足下には4人の天使が「大天使聖ミカエル」を取り囲み、白い衣服に鮮やかな深紅のマントをまとったミカエルが、蘇った人々を「天びん」に載せて魂の重さをはかっている。この画には断罪者悪魔が登場しない。「天びん」の皿に乗っているのは、それぞれ小さな裸の人間である。一人は生前の善行を、もう一人は悪行を表している。さらに善行の皿が上がりさおが傾いている。

 「天びん」はその動作を目の前で見ることができる。現代風に言えば可視化された「計測器」である。現代でも、最も精密な測定は比較法で「天びん」にかえる。しかもこの画の「大天使ミカエル」は、右手で支点をもち、左手は手の平を開いて、何にもふれていないと公平さを強調している。

  久しぶりに本物の細密画と、モノの公平さにふれた。次は古都リオンを訪ねよう。

ホテル・デューの祭壇画「最後の審判」(中央の聖ミカエルと天びん)

(以上)

 
↑ページtopへ
ホーム・計量計測データバンクエッセーエッセー2006年一覧>寄稿 松本栄寿