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 計量計測データバンク「日本計量新報」特集記事寄稿・エッセー>倉橋正保

日本計量新報 2011年1月1日 (2852号)掲載

分銅は標準物質とは呼ばない  

長野計器(株)顧問 倉橋正保

私は、2009年2月から(社)東京都計量協会の広報誌「とうきょうの計量」に標準物質に関する連載記事を執筆している。これまでは化学系の標準物質を扱ってきたが、近々、物理・物性標準物質をとりあげて“分銅は標準物質と呼ばない”理由を簡単に説明したいと考えていた。いろいろ調べてみたが納得のいく説明資料を見つけることはできなかった。そこで、元上司である久保田正明元物質工学工業技術研究所所長に相談した。久保田氏は長年標準物質協議会会長を務めるとともに、標準物質に関する著書もある。
 久保田氏の意見・思考過程は次の通りである。
 分銅と標準物質とは並列に置かれることはあっても、標準物質の傘下に分銅が入るという考え方は慣習上ない。それは両者が別々に発展して来た歴史的経緯に原因がある。国際的な計量分野で引用されることが多いVIM(国際計量基本用語集)によれば、「校正」の定義の中に「実量器又は標準物質によって……」という記述があり、実量器と標準物質とは並列に記載されている。ただし、「実量器」の定義文の後には、例として「分銅やブロックゲージ……標準物質」とあり、実量器の仲間として分銅と標準物質を同格に扱っている。すなわち、VIMの中で一貫性があるとは言えない。
 次にISOガイド35の「標準物質」の定義に従って“均質性”という切り口で分銅を眺めると、分銅は標準物質と言えない理由に辿り着く。すなわち、最新の標準物質の定義の冒頭に「一つ以上の規定特性について、十分均質、かつ安定であり」とある。標準物質とは「ある特性について均質」であることが条件であり、化学標準物質はこの要件を満たしている。一方、分銅の場合はその分銅全体で一つの特性値を与えており、分割して使用するケースは想定されていない。極論ではあるが、分銅は材質が均質でなくてもよいことになる。
 その後私が調べたところでは、日本学術会議・標準研究連絡委員会が2005(平成17)年6月に提出した「産業界における実用標準の現状と今後」という報告書の中で、実用標準の典型的例が物理標準分野のブロックゲージ、分銅、振動ピックアップ、硬さ標準片、粗さ標準片、化学標準分野の標準物質、と記されている。すなわち産業界では分銅も標準物質も同格に扱っているように見える。
 一方、物理標準関係者と話をすると、標準物質は使うと消耗するもの、多くの場合長期間の安定性に問題がある、というイメージを持っている。それに反し、分銅の質量は不変と見なしてよいので標準物質と分銅は同格ではない、という意見も聞いた。化学標準物質の中にも蛍光X線分析用標準物質のように安定で消耗しないものもあるが、ほとんどは、長期的安定性に乏しく、分割して使用するので消耗品である。この切り口からは分銅と標準物質は標準として同類と言えない。
 以上のことをまとめると、分銅やブロックゲージ、標準液などはいずれも実用標準であり、分銅と標準物質とは同じ仲間である。しかし化学標準物質の多くは分割して使用することが念頭にあるので、均質性を要求している。分銅やブロックゲージは分割使用を考えていない。したがって分銅は標準物質とは言えない。このような理由を持ち出すまでもなく、歴史的に分銅と標準物質とは同格に扱われることが多く、標準物質の傘下に分銅を置く慣習はないのである。

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