日本計量新報 2011年1月1日 (2852号)掲載
健康診断と統計
(独)産総研計測標準研究部門物性統計科応用統計研究室 田中秀幸 |
健康診断結果が返ってきた。今年の夏は非常に暑かったせいでビールが進み、なぜか秋、冬を迎えても酒量が落ちていない。このせいか、診断結果は可もなく不可もなくという感じであった。このようなことを考えているとき、あるニュースが目にとまった。
乳がん経験者・医療関係者などが、某テレビ局の乳がん検診キャラバンの内容見直しを求めたらしい。検診は20代・30代の女性を対象としたものだが、検診がその年代の女性に対して有効性が確認されてなく、過剰診断など受診者に不利益を与える恐れがある、ということらしい。
このニュースを聞いたとき、以前読んだ本のことを思い出した。ゲルト・ギーゲレンツァー著『数学に弱いあなたの驚くほど危険な生活(文庫版は改題:リスク・リテラシーが身につく統計的思考法)』である。この本は生活で出てくる統計的な表現について、一般の人は本当の意味を分かっていないということを実例を交えて解説している。中でも乳がん検診については多くのページを割いている。一部を要約する。
「40歳から50歳までの自覚症状のない女性が乳がんである確率は0.8%、乳がんであれば検査結果が陽性になる確率は90%,乳がんでなくても陽性と出る確率は7%である。ここである女性の検査結果が陽性と出た。この女性が実際に乳がんである確率は?」
検査結果が陽性と出た人はどれくらいの率で本当に病気なのだろうか?90%なのであろうか?次のように考えるとよく理解できる。
「1000人の女性を考える。このうち8人は乳がんで、検査結果は7人が陽性とでる。乳がんではない残りの992人のうち約70人は検査結果が陽性になる。従って全部で77人が陽性である。陽性になった女性のうち,本当に乳がんなのは、77分の7×100=約9%である。」
この確率は思ったより小さいのではないだろうか。診断で陽性と出ると自分は病気だ、と思ってしまうが,実際は「精密検査を受けてみよう」位の受けとめ方がよいのかもしれない。そういえば私の知人も肝炎の検査に引っかかり気に病んでいたが,結局肝炎ではなかったようであり、どうやら最初の検査が間違っていたらしいということがあった。
また,エイズ検査の結果を間違って伝え、その人としばらく連絡が取れなくなった,というニュースもあった。この本ではこのような診断におけるリスクから来る不利益についても詳しく解説されている。
統計に話を戻すと、この確率はベイズの定理と呼ばれる統計の定理を用いて計算される。ベイズの定理で直接計算すると、(0.008×0.90+0・992×0.07)分の(0.008×0.90)×100=9.4%となる。このベイズの定理を元にしたベイズ統計は最近不確かさの最新研究でよく用いられている。
健康診断結果が気になる計測関係者は、ベイズ統計を勉強してみてはどうだろうか。ただし,そのせいで普段の不健康にプラスして頭痛がするかもしれないが。
|