日本計量新報 2011年2月27日 (2859号)掲載
名古屋 冬の陣−有権者の反乱−
(株)守隨本店社長 早川静英 |
2011年2月6日、ついに、有権者の決断が下されました。名古屋市議会解散、再選挙となり、日本の議会政治の歴史上、未曾有の事件となりました。
かつて大阪冬の陣と夏の陣で豊臣政権を打倒して、徳川政権が以後250年にわたる独裁政権の確立を成し遂げたように、名古屋冬の陣は果たして日本の民主主義の根本的な改善となるのでしょうか。
ともかく、選挙前までは低姿勢な政治家も、いったん当選すると、権威主義的な特権階級化してしまいます。そして庶民は見下され、言い過ぎかもしれませんが、搾取の対象に過ぎません。何せ徴税権という、伝家の宝刀が政治家の裁量に任されるわけで、政治家の報酬もどれぐらいのものか、庶民の誰もが知らない状況下で隠密裏に決められています。
今回、図らずも河村市長により、生活に困窮する庶民や、働けども働けども累進課税に苦しめられる中間所得層の実状、高所得を得ている日本をリードする優秀な働き手たちも自分の年収にごっそりかかる税金を見ればやる気をなくすような現状が、政治暴露されました。しかし、これも政治家は知っちゃいないのでしょう。100人中99人までそういう政治家ばかり。
その中にあって、河村市長は自ら報酬を半減して、市庁舎への初通勤も市バスを利用するという挙に出ました。そして、選挙中の公約である、市民税10%減税を実行に移そうとして、壁にぶつかります。既成の政党政治家が黙っているわけもない。けんもほろろの抵抗。
ここで有権者も気がつきます。一体われわれが選んだ政治家というものの正体は何か?
河村市長の提案議題に対して論外といわんばかりに、にべもなく否決する傲慢な市議員の態度をテレビなどで見せつけられますと、現在日本が最上のものとして選んでいる代議制議会政治について懐疑的にならざるを得ません。
その気持ちをよく察するところの河村市長はここで思いがけない挙に出ます。市議会の解散リコールです。おそらく市議会もここまではやらないだろうと高をくくっていたリコール宣言です。ほとんど有名無実化していた、この市民の貴重な権利を見事に実行したわけです。
もし失敗したらとか、実現までの手の込んだ施策を必要とする苦労をいとわず実施に踏み切った快挙。これに名古屋の市民はたとえようもなく感動いたしました。拍手喝采です。日ごろあまり政治には関心を持っていない我が家の婦人たちも、今回は応援しますと宣言。私よりも先に、街頭での署名運動に行き、炎天下で行列を作って署名いたしました。
しかし、リコール投票に必要な票数は36万票。並大抵な数ではありません。それがなんと、必要数を10万票も上回った、46万票という結果が出ました。
抵抗勢力もあきらめません。有効投票かどうかの審査会を立ち上げ、そのグループの中に市会議員OBをもぐりこませて、委員長などに任命します。
そこで無理やり36万票を1万5千票まで下回る11万票を無効としてのけます。これで市会側はしてやったりというところでしょう。
私の家にも有効性に関して疑義があるということで、記入表が送られてきました。見ると名前の後の住所について、家族についで、2番目の署名は妻で、住所のところが繰り返しを意味する「〃」と書いてあるので無効ということらしいのです。確かに「〃」という住所はないねといいながら、わが妻は、あきれながら、書き込みを入れて返送いたしました。ただし書きに、こんなことで公費のむだ遣いをしないでくださいと書いて鬱憤ばらしをしていたようです。炎天下、片手で日傘を差しながらの署名です。「〃」と書きたい気持ちはわかります。
結果は、10万票を全部見るまでもなく再審査に入って2日もたたないうちに、1万5千以上が復活してリコール投票成立となりました。
ここで河村市長の決断はものの見事に成立いたしました。これは名古屋市民の決断でもあったわけです。しかし、リコールが是か非は投票を待たなければなりません。応援するほうも疲れます。
それでも、また河村市長は次の手を繰り出します。市長を辞任するという策です。これは自分のとった行動が果たして市民に認められるかどうかをはかりたいということです。なるほど。このおっさんは言い出したらとことんやる気なのだといやでもわかります。その上なんとちょうど任期満了の、愛知県知事に盟友の国会議員大村氏を担ぎ出します。もうこうなるとてんやわんやであります。追従不能です。
そしてついに抵抗勢力には地獄の3点セットができあがります。すなわち、県知事、市長、リコールの3点であります。この3点が河村氏の思惑通り、できあがってしまったら抵抗勢力は、外堀、内堀とも埋められ裸の大阪城と同じになります。
そして運命の2月6日がきました。結果はご存知のとおり圧等的な勝利を河村氏が勝ちとることなりました。3点セットの成立です。
この後40日をへて、市会議員の選挙が始まります。最後の仕上げです。現在までの推移を見ればおそらく河村派の過半数獲得は可能性大であろうと予想されております。組織票と浮動票の対決となります。当分の間、スリルとサスペンスにさらされる名古屋市の政治の行方が、全国的に注目されることになるでしょう。
以上のことは名古屋の市民なら誰でも知っていることですが、それ以外の地方までは伝わっていないと思い、書き述べました。とにかく画期的な現象です。有権者のうちには河村氏の強引ともいうべき駆け引きに辟易してしかめ面をしている向きもないではないのですが、そういう毀誉褒貶には動じないしぶとさが、ある意味で政治家の持つべき資質と考えます。
名古屋は、というか、むしろ日本は、稀有な資質を持つ政治家の出現に注目すべきであります。どうやら大阪府の橋下知事も協賛の意思表示に傾いており、権威主義的な中央集権から、地方分権への胎動も感じられます。将来的には、河村市長もその方向へ向かうと見られているようです。
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