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 計量計測データバンク「日本計量新報」特集記事寄稿・エッセー>矢野耕也

日本計量新報 2011年8月14日 (2882号)掲載

化学・薬学の質量測定
重さを測定せずに重さを量る(1)
−製薬業界における品質工学を通して−

日本大学教授 矢野耕也

矢野耕也化学とか薬学は、計測そのものとは直接的な馴染みは薄いかも知れない。
 機械関係が測長などダイレクトに物理量を求めるのに比べ、化学や生物関係ではどうしても直接的に目に見えない対象が多いせいか、染色をしたり、吸収した光を測るなどといった間接的な測定方法が多いように感じる。

 縁が薄いとか言いつつ、就職して一番最初に取り組んだまとまった仕事は、「クロマトグラフィー」と呼ばれる計測器を用いた不純物の検出であった。
 要するに微量分析であるが、測定対象を有機溶媒や水(または不活性ガス)に溶解させて液化・気化し、対象物質を樹脂へ接触させ、樹脂の吸着力の差を利用し、成分の分光学的な屈折度から信号を取り出し、また時間的な成分の排出差を用いて分離が行えるというもので、後者の機能を用いた「不純物分離」機能は純化装置として用いられた。
 原理がわかりにくいことこの上ないが、たとえば98%の純度の対象をクロマトグラフィーにかけると、出力チャートには含有量に応じた波形の強度として、主成分の面積(または高さ)が98、それ以外の不純物が2と出るようなもので、この面積比から含有量を求めることができる。

 農薬の分析などでよく用いられる、ガスクロマトグラフィーと呼ばれる熱気化式のものは拡散してしまうが、液体クロマトグラフィーと呼ばれる液体をキャリアにして分析を行うものは、時間差で液体を分ければそこに必要な物質が出てきて、液体を蒸発させると、微量な固体が残り、これを秤量することができる。
 たとえば10成分混じっていても分取を繰り返せば測定が可能であり、化学・薬学系では極めてポピュラーな計測器である。熱気化式の場合はすべてが蒸発してしまうので、出力チャートが基本的かつ全ての情報となる。

 現在はインテグレーターにコンピューター内蔵されているのでいかようにでもなるが、1990年代頭くらいまでは出力がアナログであったので、1980年代に20代を過ごした上司いわく、高さを定規で測定するとか、紙に出力される波形を鋏で切り取り、それを精密天秤で質量として測定をして含有純度を求めるなどという、現在のIT技術から見たら驚くようなことをやっていたが、当時はそんなアナログな方法がかなりまじめに行われていた。
 少し時代が進んだ90年代、今では殆ど使われないフロッピーディスクにデータが落とせる画期的機能が増えるも出力は感熱式のチャートで、時間経過で消えてしまうというので巻物状のデータをコピーしたりもしたが、デジタル表示?というのはそれだけで精度が高く見えてしまうから不思議である。

 現代の液体クロマトグラフィーは高価である代わりに全てパッケージ品であるが、F1の車のようにパラメータの設定が微妙で、感度が高い分だけ非常にセンシティブで、安定化や頑健性が期待される分野である。
 約20年前に、それらの安定化に取り組んだのが、品質工学という方法に足を踏み入れたきっかけで、2011年の現在、機器が進化した分、複雑になった機器の安定化法を研究の対象としている自分を見て、人生双六が振り出しに戻ったと思うこの頃である。
(生産工学部マネジメント工学科、品質工学会会員)

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