日本計量新報 2015年1月1日 (3039号)第2部9面掲載
アンコール・ワットの伽藍配置図
(一社)日本計量史学会理事 新井宏 |
12世紀に建造されたカンボジア(クメール)のアンコール・ワットは1860年にフランスの探検家アンリ・ムーオにより400年ぶりに密林のなかから発見されたことになっている。
しかし、これは正しくない。第一、1632年には平戸藩士だった森本右近太夫が、父の菩提を弔い年老いた母の後生を祈念するため、わざわざこの地を訪れて、素晴らしい伽藍図を残している。だから、その頃も世界の観光地であった。
さて、密林のなかから突如として発見された寺院というと、どんなに大きくとも国会議事堂のイメージである。ちなみに国会議事堂の敷地は10ヘクタール、高さは66mである。
ところが、アンコール・ワットの敷地は200ヘクタールで20倍、中心部の囲内だけでも国会議事堂の敷地に匹敵し、中央祠堂の高さも65mあって、東大寺大仏殿の高さや廻廊規模とほぼ等しい。
実は、いま永年暖めていたアンコール・ワットの尺度の研究をまとめているところである。ポル・ポトの支配から解放され資料も豊富になり機が熟してきたからである。
嬉しいことに、アンコール・ワットの全体配置、伽藍配置、部材など全ての測量値が、中国の尺・歩・里のように統一的に説明できそうなのである。特に中国の晋代の度制とは「ウリふたつ」である。
おそらく相互間には、なんの関係もないが、計量史ではこのような一致は珍しいことでもない。
せっかくなので、隣国ベトナムに残っていた度制とともに対比表を作って示す。(図1)
ちなみに、復元した測地用の単位Ω(43.2m)に基づくと、外濠東西の1500mは35Ω、南北1300mは30Ω、最外壁東西の1040mは24Ω、南北820mは19Ωでピッタリなのである。
その他にも、主要な伽藍配置や廻廊長・桁行なども下位単位のハツト(肘尺)やビヤーマ(尋)によく合う。調べてみれば隣国のベトナムによく似た度制も残っていた。
このように研究は順調なのだけれど、困ったこともあった。参照したアンコール・ワットの伽藍配置図が実に「いいかげん」なのである。
もちろん、観光案内書のようなものではなく、学術書に載るものばかりである。
6種類集めたが、いずれも原典の表示はないし、相互に比較してみると一致しない。例えば、第1廻廊の東西長(心々)を測ると、197m、203m、213m、278m、292mとなっている。どうなっているのであろうか。
そこで、気がついたのは、伽藍図に「刺身のツマ」のように附けられている「縮尺バー」が間違えているのではないかということである。もし、そうであれば、東西廻廊に対する南北廻廊の比率は一致するはずである。
ところが、これがまた0.83から0.87までばらつくのである。
これでは、尺度の研究どころではない。まずは、どの伽藍配置図が正しいか検証しなければならない。
実は、その助け船となったのがグーグルの航空写真である。目標の標識さえあれば、1mくらいの精度で追いかけることができる。軍事目的でもないのに、この精度で、無料で利用できる。便利な世のなかになったものだ。
これによって、何が間違えているかを較正できたので、論文として書き終えることができた。
振り返ってみれば、森本右近太夫の配置図だって立派なものである。それに較べ、現代の「縮尺バー」の無法ぶりは何とかならないものであろうか。
(前韓国国立慶尚大学招聘教授、元日本金属工業常務、金属考古学、計量史) |