第195回NMS研究会報告(2014年5月)(3049号/2015年3月15日掲載) |
アシザワ・ファインテック(株) 塩入一希 |
2014年5月10日(土)、品質工学会会議室で第195回NMS研究会が開催された。主宰からの討論テーマ提示の他5件の事例発表とともに、発表大会での司会担当から講演案の紹介が2件だった。 1、簡易食品放射能測定機の使用における測定誤差の改善(アルパインプレシジョン(株)、楠本剛史)食品に含まれる放射線量を測定する簡易装置についての実験である。定量的な測定に推奨される機器では1kg程のサンプル量を必要としている。検討している装置は小さなマリネリ容器を用いてサンプル量を少なくできる。少量の放射線を発するが真値不明のサンプルを準備し、サンプル量を信号値に測定をした。分散分析表から誤差分散の寄与率が7割を超えているので結果の考察中だと報告。信号因子を放射線有無の2種サンプルの混合割合にしてはどうか、信号因子に対する線形性の確認をしたらどうかというコメントがあった。 2、中国製工具消耗品の選定・管理への機能性評価・オンラインQEの適用(アルパインプレシジョン(株)、楠本剛史)タップ穴を空けた平板を準備し、中国製のドライバービットでボルト締結をおこない評価をした。ノイズにボルトの再締め付け・締結状態での高温加振・ビットの先端を摩耗させることをした。増し締めトルクとその際のボルト回転角を測定し、標準SN比で解析をした。ノイズを標示因子とした場合の計算結果も掲載したと報告。ノイズ無のN0を利用するなら感度βが重要になる、βでの合わせ込みはどうであったかというコメントがあった。 3、画像シミュレーション技術を用いた構想設計の最適化検討(コニカミノルタ(株)、近藤芳昭)設計者が構想している段階でロバスト設計を適用させる試みである。印刷したときのトナー濃度の均一性をシミュレーションでモデリングし、露光強度を信号とした。推定利得と確認利得で良い一致が得られたと報告。製品の全体最適になる事例として参考になる、既製品を用いて実機確認はできないかというコメントがあった。 4、日本企業の業績研究における単位空間の検討と企業の項目診断(キヤノン(株)、吉原均)日本の上場企業の約2500社において、公開されている財務データなどを標準誤圧で評価する企業研究である。前回、単位空間内のサンプルが大きい距離を持つものが多いことを指摘された。今回は単位空間サンプルの平均変動Smと誤差分散Veを誤圧距離と一緒にグラフ化した。単位空間を決定する処理と、経営理念などの言語データの取り扱い方を検討すると報告している。単位空間の項目診断をしてはどうか、業態を変えて存続する企業の継続性は取り扱いにくいというコメントがあった。 5、はみがきチューブ接着工程の最適化(ヱスケー石鹸(株)、安藤欣隆)マクロ視点を部下達に伝えようとした事例である。技術開発によって製品開発を効率化したいが、三宝化学工業の吉野節己が言うように、現場では技術開発をする余裕がないという声が挙がっていた。とはいえ、上流工程で問題を起こらなくすることには部下たちは関心を持っていて、それをすることで損失をいくら減らせるかを自身の手で計算させると実感をしてもらえたようである。檀上発表では改善手段ではなく「マクロ視点をどう伝えたか」を中心に語ると報告している。「マクロ視点」というテーマには良い題材なので檀上発表枠を変更してもらいたいというコメントや、さらにこの話を基に議論の輪を広げたいというコメントがあった。 6、マクロ視点の品質工学を実践するために(アルプス電気(株)、上杉一夫)QES発表大会にて、「評価における品質工学」テーマでの司会を務める際に会場へ向けて話す内容の検討である。いかに品質工学を伝えて、いかに奨めるかが重要である。研究が盛んな分野は人で繋がるネットワークが形成されている。「人で繋がる」はイメージできるが「研究内容」で繋がるは難しい(浜田和孝が研究しているものは論文の繋がり)と報告している。企業の進展・衰退に流通チャネルというネットワークの有無が関わる事例がある、競合同士が交流し合える場ができたら良いというコメントがあった。 7、開発・設計における品質工学のマクロ視点(コニカミノルタ(株)、中垣保孝)QES発表大会にて、「開発・設計における品質工学」テーマでの司会を務める際に会場へ向けて話す内容の検討である。「テーマの視点」としては社会損失削減とシステム拡大の視点がある。「手段の視点」としては全体の開発効率向の視点がある。開発効率向上のひとつに「試作レスを実現する手段」の具体的な事例として檀上発表を挙げる。檀上発表の前に聴衆へ「視点」を例示することで、その後の討論を活発にさせたいと報告している。視点のまとまりが綺麗ではあるが品質工学を知らない者に伝わるだろうかという意見や、聴衆席との自由討論は話がそれて難しいというコメントがあった。 8、「品質工学を伝える工夫」について矢野主宰から議題提示があった。自主的な活動の中で新しい品質工学の方向性をNMS研究会で造り出してほしいと締めくくった話である。内容を以下に記載する。品質工学を広めるときのリスクをロン・アドナーのエコシステムに習って検討すると、コーイノベーションリスクは推進者の無理解、アダプションチェーンリスクは実践者の専門能力不足と考えられる。トヨタ自動車でさえ「技術カイゼン」をしているように思え、パラダイムシフトのような大きな変化を起こすには天才的な能力が必要であろう。 田口玄一の『論説集』を見ると、われわれが目にする多くの課題は既に明らかにされていることに気づく。とはいえ、誰もが同じように取り組めるわけではなく、現実的な進め方としては小さな成果のアピールをして予算を獲得して段階的に大きな課題にしていくようなものであろう。 つまり、「品質工学を伝える工夫」における議題の1つは「品質工学の成果をどうアピールするか」である。アピールするときのリスクは、予算配分に関する権限を持つ者が報告された成果を受け入れられるかどうかというアダプションチェーンリスクである。松浦機械で品質工学の取り組みが頭打ちになった時期も、当時銀行から出向していた幹部社員の反対があったのではないかと推察している。 町工場の社長は、技術はあるが経営感覚が弱いといわれる。同じように品質工学の推進者はマネジメントが弱いため、品質工学の背後の問題を解決できずにいて、それが推進のボトルネックになっている。これは既成概念との戦いである。「刃物の切れ味」という経験の世界に理論を持ち込んだときは、中小企業庁から予算削減の指示が来るなど大変な目にあった。既成概念は広く根を張り、簡単に払拭できるものではないことを実感した。 大きな成果を挙げれば納得してくれると言うが、マツダでは鋳造の研究で砂が1億円分余った時点で初めて経営者が興味を持ってくれた。それでもまだ、車体全部に関わるような本当の取り組みはまだ見られない。もっと品質工学を日常化してもらう努力が必要である。国家予算の配分より夕飯の食事を買う予算の方が実感しやすい。マクロ視点を訴えるだけでなく「台所感覚」を感じさせることを忘れてはならない。新しい品質工学の方向性を持ってもらうために、研究大会に向けてアルプス電気の上杉やキヤノンの吉原らに討論をお願いしている。 コマツの細井から自身の事例を紹介してくれた。起こった問題の品質特性の実験から基本機能の実験に段階的に変わっていくように促した。あと1回実験をおこなえば現場での調整が必要なくなるというところまで来たが、そこで取り組みは停止したと紹介している。 これまでは不良に対応するコストは大きかったので、実際に不良が0になったときのインパクトは大きかった。しかし、現場での調整コストは小さいので、調整を不要にするところまでは必要ないと判断されてしまったと内情を明かしてくれた。コニカミノルタの田村からも、品質特性で実験をしてクレーム0になったときに、現場からそれ以上のことを求められなくなった事例を紹介してくれた。キヤノンの吉原から、実験を突き詰めることで「品質工学自体が目的」になってはしまわないか、と危惧したコメントがあった。 コマツの細井から、別の事例でソフトウェアのエラーチェックに関する適用を紹介してくれた。直交表により既存のチェックパターンでは重要なエラーを抽出できないことを示したが、既存のチェック項目数が8000項目もあるのに比べて直行表では項目数が少ないため信用が得られなかったと話している。キヤノンの吉原から、同じことが自身の事例にもあり、チェック項目数が多い方が喜ばれるという話があった。項目数は少ない方が、負担が少なく良いと思われるが、これがまさに既成概念との戦いであるようだと皆で頭を悩ませた。 「成功する実験には意味がない」など、田口の格言や逸話はインパクトが強いものが多い。学んでいる初学者としては、インパクトの強い言葉は気持ちを盛り上げて、品質工学の深淵に触れたような気持になるので良い気分になる。しかし、研究会に参加していると「正しい言葉」で「正しく目的に向き合う」ことを求められ、表面上の取り組みではすぐに皮を剥がされてしまう。 日精樹脂の常田は「納得するとは受け身であり、納得性は積極である」と定義した。品質工学を学ぼうとする人にはインパクトのある言葉は刺激的で一層の納得性を生むが、受け身である人達にとっては痛みのような刺激で一層忌避されてしまう可能性はないだろうか。コニカミノルタの田村は「失敗」という言葉は強すぎると話していた。確かに「早く失敗しよう」と誘って協力してくれる人はほとんどいないだろう。コマツの細井もコマツキャステックに実践してもらうまで5年も掛かっている。刺激的な言葉を用いて一度で理解をさせようとはせずに、時間を掛けて納得してもらうことも必要かもしれないと感じる討論だった。 |