計量計測データバンク「日本計量新報」特集記事NMS研究会報告一覧>第199回NMS研究会報告(2014年9月)

第199回NMS研究会報告(2014年9月)

(3060号/2015年6月14日、3063号/2015年7月5日、3064号/2015年7月12日掲載)

アシザワ・ファインテック(株) 塩入一希

 2014年9月6日(土)、品質工学会会議室で、第199回NMS研究会が開催された。応用計測研究所の矢野から技術の在り方についての議題提案と、次回大会の発表テーマ提案などを話した。

1、品質工学における技術の在り方(10)—中小企業への品質工学普及の鍵を探る—(応用計測研究所(株)、矢野宏)

 自身の体験を振り返ると、1980年代までの品質工学に関する仕事のほとんどは中小企業との関わりであった。樹脂の研究や硬さ試験片などがまさにそうである。昨年、中小企業である三宝化学工業の吉野とともに、中小企業の抱える技術課題に関する調査をおこなった。アンケート調査ではすでに解明されていることへの質問がたくさん寄せられた。品質工学が理解されず、広まっていない事実が浮き彫りになった。また、アンケートでは答えてくれない方も多いので直接話を聞きにいくようにした。すると、中小企業も大企業も変わらず同じ問題を抱えていることに気付く。
 大企業ではいわゆる縦割り管理におかれているため、部門を越えての知識交流が少なく、トップの方針が伝わりにくい。中小企業の集まりのような状況である。それでも成果を出していたのは、トヨタであれば問題のある工程に社長や役員が張り付いていたので社員はやらざるを得ない状況であったからだ。昨今ではあまり聞かなくなったが、中小企業では工場のすぐ横に社長室があるので現場との距離が近い。とはいえトップダウンでないとすぐに社員は動かないので、コンサルタントに入っても、マネージャーが出席するかどうかで成果が大きく変わる。また、社長や役員は前代の成果に反発を覚えるという傾向もある。品質工学を奨めるトップが変わると、品質工学がぱたりと止むのもそうなのであろう。そして、どんな企業でも「火消し」の仕事が評価されるという事実である。これはアメリカでも同様だとタグチも言い、問題の根本が設計にあるということは理解されにくい。技術課題としてテーマを明確にし、方針へ含ませることは組織内で品質工学を実践している人々の使命ともいえる。
 このように大企業も中小企業も似たような状況で行き詰まっている。一方、中小企業であるからこそ有利な点もある。特に市場での問題は、中小企業の方が組織全体に伝わりやすい。市場の問題を受け入れて、いざ課題へ取り組もうとしてもテーマ選択上の3つの大きな問題がある。それは「何をテーマとするか」「どのように進めるか」「誰が責任を負うか」であり、1人ですべてに取り組む場合や、責任者と担当者と作業者がわかれて取り組む場合などさまざまで相互に関係する複雑な問題である。これは技術開発マネジメントや品質工学推進の問題である。
 「何をテーマとするか」を決めるときに、上司が部下へ丸投げする場合を見受ける。実験のやり方だけを上司がアドバイスをしてしまうと、いわれた実験の繰り返しで誤差解析に陥ってしまう。手段は担当者とともにアイデアを出し合い、上司はテーマの目的と切り口をはっきりと語らなければならない。テーマのレベル設定も大切で、失敗しないテーマを部下に与えたために成果が上がらないということもよくある。可能性と危険性が併存するテーマにして120%の努力を求めなければ成果が上がらずに人も育たない。
 「どのように進めるか」を決めるときに、評価が明確でないことが多い。ほとんどのまずい事例は、問題設定の段階で曖昧さが残り、実験をしても評価がわからず研究が終了してしまう。何かしらの結果が出たときにその元を辿ってみることが重要である。そして、予想もしなかった結果が出た場合は特に判断ができず、実験結果が日の目を見ずに終わってしまう。まったくの新しいものであるならばこれこそが新発見であるはずだ。外部に公開することで意外な成果に結びつくことを開発の歴史は語ってくれている。
 「誰が責任を負うか」は果たして決まるのだろうか。技術者は問題が生じると現象のせいにしてしまう。自然科学でなく工学であれば、現象は技術者の意図で起こしたものであるはずだ。「まずければ弁償すべき、できなければ部署を去る」というように責任を取ることは稀だ。自身も硬さ標準の開発で権威者からの圧力に職を辞する覚悟で臨んだ。結果として新幹線の開発に採用され、正しいものは正しいと主張し続ける努力が大切だと学んだ。
 日本は科学技術の輸出によって発展した経緯がある。ここから生まれた文化により日本の研究開発は、前例の則した演繹法的な開発である。品質工学が求める帰納的な開発に方向展ともなうものだと思う。「考え方自体のパラダイムシフトを越え、自らテーマを選択して、周りを巻き込みながら、想定外の実験にも屈せず、責任を取り切る」というのは理想であるが、並大抵の努力ではできない。
 有用な方策としては外部との交流である。企業秘密などたいした秘密はめったにない。大企業では部門間の交流などを増やす余地があるが、中小企業はその余地は小さい。メールや電話のやり取りではなく、会って討論することが大切だ。研究論文を書けるレベルのメンバーと討論することである。NMS研究会は多くの学会賞受賞者を出している。松浦機械も必ず論文を出してくる。交流を進める一方、技術者自身が「問題を見る目」を養うことも重要だ。目先の問題に囚われて、自分の取れる対策の範囲が限定されていると思い込んでしまう。ただし、「見える」ことと「作る」ことは違う。「作る」ためにはさらなる方策が必要になる。品質工学は体験した人には理解ができる。体験していない人に品質工学を伝えることは歴史を学ぶことに似ている。歴史を読み解く構図は「書き手‐史料‐読み手‐事実」であり、ダイナミックな人間関係のモデルを学ぶことだ。だからこそ、グループのなかで学ぶ必要がある。タグチの体験は良い「史料」であろう。タグチがアメリカで認められるまでの苦労の軌跡は明らかにされていない。アメリカでの初めの普及活動には呉玉印という協力者がいた。渡米当初、タグチのセミナーには数名しか参加者はいなかった。ベル研の品質管理は役に立たないと言い放ち、一番困っている問題を持ってこいと豪語し、あっという間に解決してしまってから一気に普及し出した。私が語る「書き手」からの視点を受けて皆で品質工学を学んでほしい。
 「技術流出」や「産業空洞化」などの言葉がもてはやされるが、技術はこれまでもこれからも流出入し続けるものである。アメリカは科学研究の高度化によってこの問題を乗り越えた。日本の場合も同様で、科学・技術の高度化の無限連鎖に挑むのが当たり前に用意された道である。これは中小企業の場合でも同じである。「部品加工が生きていく道はないか」という問題こそが中小企業の自立を可能にする道であると考える。三栄精工は品質工学研究の成果物である、新しいドレッサーをセイコーエプソンへ販売した。販売のきっかけは紹介ではあるが、10年間販売し続けた実績は彼らのものだろう。売上製品項目の比率は少ないが、自社で価格付けをした製品であるため利益率向上には寄与している。三栄精工のように、生産性を向上させて、余った時間を技術開発と販売に配分させなければならない。残業が減れば給料が下がる人もいるので社内からの反発は想像できる。さらには挑戦したことのない技術開発などといえば村八分になるのは当然だ。融資のために銀行から出向社員を迎える場合もある。その者によって人事考課を捻じ曲げられることもあり得る。また、少子化によって優秀な学生どころか採用応募数が少なく人材獲得に困っている企業もあり、知識ばかりを植えつけられる教育を受けて来た者も少なくない。それでもどうにか社員を活用しなければならない。どうにか実験を続けなければならない。実験の失敗を経験した企業ほど、後に大成功を収める割合が大きい。それが技術力の蓄積になるからであろう。上司と部下の相互理解の問題もあるが、結局は現場のムダを無くすための妥協を許さない戦いに帰結する。品質工学は妥協点を探る術ではない。技術の最高峰をめざす哲学であるからだ。

2、磁気センサー不具合特性の低減を目指したパラメータ設計の検討(アルプス電気(株)、中沢和彦)

 スマートフォンなどに使われる地磁気センサーの開発である。磁気ヨークで収束・整流された地磁気の磁場をGMR素子で測定するものだが、磁気ヨークが大きい磁場によって帯磁して測定値のゼロ点がずれてしまう。入力に測定磁場、出力に電圧値、ノイズに大きな磁場を与え、L12直交表を用いてゼロ望目特性で解析という内容で、確認実験は実施されていなかった。
 主宰からテーマから本当の目的が読み取れないとの苦言があった 。

3、圧力差を生む装置形状の設計に対するパラメータ設計の適用(アシザワ・ファインテック(株)、塩入一希)

 湿式粉砕機の撹拌ロータ形状の設計である。粉体の粉砕現象は科学・工学の分野でもまだまだ体系化されていないために、機械的エネルギーがどのように粉砕へ寄与しているか分からない。粉砕機メーカーは勘と経験で形状を考案していて評価も曖昧なままである。実機で設計パラメータを変更するには時間と費用が多大になってしまうので、自作の流体シミュレーションでパラメータ設計を適用することで時間と費用削減を狙いとしている。
 ビーズミルを含む粉砕機はせん断応力による粉砕が主なので圧力変化は効かないのではないかなど、もっと目的の背景を明確にするよう参考文献と検討しているシステムを具体的にとらえるべきだという指摘があった。

4、 日本企業の業績研究の継続の方向性(キヤノン(株)、吉原均)

 上場企業2500社の企業業績をMTシステムで評価する事例である。トヨタとデータの相関が強く出たヤクルトをそれぞれ単位空間にして、老舗企業の誤圧距離を計算した。結果、共に老舗企業は距離が大きく出た。項目診断では、従業員数と推定株式発行数の項目の利得が大きい結果が出た。時系列データを有価証券報告書から集めているところであるが、どのように解析をするかを検討中である。
 老舗企業よりもっと没個性の平凡な企業を選んだ方が良いのではないか、従業員数で層別をしたときにはどのようになるのかなど議論された。

5、エンジン燃焼における壁温度分布の最適化(トヨタ自動車(株)、橘鷹伴幸)

 エンジンのシリンダーボア表面(以下、壁)が低温であると、壁に液滴が発生し、さらに硫黄成分などによって壁の腐食に繋がる。エンジン設計の詳細は経験に依るところが大きく、少しの改造で実機を製作するのは莫大な時間と費用を要する。そこでシミュレーションを活用してエンジン燃焼時の状態を見ることで開発の知見を得ようとするものだ。エンジンへの空気流入量と冷却水流入量を信号に、出力を壁温度、ノイズを冷却水温度として計算をした。温度測定部とエンジン点火からの時間変化は標示因子としている。SN比の解析では誤差が大きいものの、結果から標示因子と感度の解析などを進めると、どの部位をどのようなタイミングで加熱・冷却するかの知見が多く得られた。詳細な解析をエンジン開発に役立てたいとのことである。狭いエンジンルームのなかで冷却はどれくらいの範囲で可能なのか、また、計算データが豊富なのでさまざまな成分の解析でまだまだわかることがあるなどが話し合われた。

6、フォード・ピント事件を例に損失関数の問題提起((株)コマツ、細井光夫)

 1970年代初に起こったフォード・ピント事件について、便益計算と損失関数との相違点について議論となった。フォードの便益計算では、設計変更をして販売するか設計変更をせずに販売するかの二者択一を計算で決めていた。一方、損失関数は損失を計算することで、より損失の少ない望ましい設計値にするすることを目的としているというところが大きく違う。
 主宰からは、事例は具体論で議論をするべきで、あいまいな一般論への展開は危険で、理論なのか精神論なのかを明確に分離することが求められた。
↑ページtop
計量計測データバンク「日本計量新報」特集記事NMS研究会報告一覧>第199回NMS研究会報告(2014年9月)