計量計測データバンク「日本計量新報」特集記事NMS研究会関連その他の報告一覧>【3030号6面掲載】2014年春のNMS公開研究会「妥協しない品質工学の実践」

2014年春のNMS公開研究会「妥協しない品質工学の実践」

(3030号/2014年10月19日掲載)

(株)東海理化品質調査部 栃洞孝吉

 毎月1回土曜日に品質工学を無料で学べる研究会が東京に存在する。矢野宏が主宰するNMS研究会である。NMSとはNo Money Serviceの略で、その名の通り無料ということもあり、休日にも関わらずさまざまな業種の人々が個人の意思で参加している。2014年2月1日に開催された第192回の研究会(別項参照)は公開研究会として、一般参加者を交えて、3つの招待テーマと5分間発表「妥協しない品質工学の実践」について議論した。ここでは招待テーマは割愛し、「妥協しない品質工学の実践」について記す。このテーマは研究会メンバーが議論して決めたものであるので、最近の品質工学に関する課題の共通認識の1つといえる。共通認識というもののテーマの捉え方は人それぞれである。だからこそ多面的なものの見方が期待できる。
 矢野はテーマの背景として「みんな能書きばかりで実践をしていない」と言い放った。つまり、能書きとして品質工学の効能を並べ立てるが、その効能を自分自身が実際に示せていないという意味である。品質工学に関する能書きは少し勉強すれば誰でも言えるようになる。しかし、実際に成功させるとなると、矢野が近年しばしば引用するクレイトン・クリステンセンによる破壊的イノベーションに必要な5つのスキルである「関連付ける力」、「質問力」、「観察力」、「ネットワーク力」、「実験力」を鍛えることが要求される。なぜなら、品質工学は技術開発において今までの方法を駆逐する破壊的“評価”技術であり、その技術を獲得するために必要な思考のパラダイムシフトには何らかのイノベーションを必要とするからである。
 NMS研究会のメンバーでない筆者は一般参加者として会場にいた。しかし、言いたいことを言わずして帰るのはもったいないと最後のあたりで発表する機会を得た。自分の順が来るまでNMS研究会メンバーの発表を聴いていると、多くが自分史の紹介をして現在までの自分がおこなってきた経験を振り返り、テーマについて考えるという展開であった。社会人としての経験も職種もさまざまな20名程の発表をあえて一括りにするならば、“誰しも少なからず妥協している”ということである。筆者は、“妥協”とは自分と他人との対立のなかで生じるものであるが、他人に対して折れる自分は、意見を貫こうとする自分を打ち負かそうとする、心に内在するもう一人の自分との対立に負けることであると考えていた。しかし、相手の置かれている状況に合わせてあえて妥協する“良質な妥協”もあるという発言があった。すなわち、あるべき姿に対し未達であっても最初は妥協し、最終的に100%まで持っていくという意図的な妥協である。あるべき姿とそのギャップを常に意識し追求していく前提があれば、あるべき姿から離れていても妥協することは有りということである。このような場合は、妥協というより許容と言うべきかもしれない。
 品質工学を独力で創り上げた田口博士も、多くの企業でテーマ相談に携わってきた矢野にしても、相手に合わせて妥協することの連続であったとのことである。無論あるべき姿に近づこうとする姿勢がなければ端から相手にしなかったようである。NMS研究会のメンバーのスキルは総じて高いが、メンバーの皆が何らかの妥協をしており、先述のとおり、主宰の矢野ですら妥協していることがわかった。NMS研究会ですら妥協だらけなら、品質工学に関して世の中は妥協の産物ではないかと感じる。そのような状況で周りのエンジニアに品質工学の考え方を理解させたり、技術の働きをきちんと評価させることは今までにないパラダイムシフトを要求するため、多くを妥協せざるを得ない気がする。ただし、良質な妥協であり許容でなければならない。今回の研究会で得た結論は、「妥協しない品質工学」を実践するためには、どこかで妥協することがあっても、粘り強くあるべき姿を追求することを妥協しないということであった。

↑ページtop
計量計測データバンク「日本計量新報」特集記事NMS研究会関連その他の報告一覧>【3030号6面掲載】2014年春のNMS公開研究会「妥協しない品質工学の実践」