電子天びんのひょう量セルの変遷 |
質量測定としての天びん(質量計)の歴史は紀元前4000年まで遡りますが、電子天びんが実用化されたのは20世紀後半になってエレクトロニクスの飛躍的な発達をみてからです。特に、高精度を要求される電磁力平衡補償方式の電子天びんは1968年に開発、実用化されました。しかし、初期の電子天びんは機械式天びんに電子回路を組み込んだハイブリッド(混成)タイプであった為、電気天びんと呼ばれ
現在の電子天びんとは区別されておりました。電気天びんに遅れること5年、1973年に現在一般化している天びんの原型となる電子天びんが市場に登場致しました。
この電子天びんは天びんに不可欠なビーム(棹)が無く、電磁力(フォース)で平衡を保つことからビームレス天びん、あるいはフォースバランスと呼ばれ、その便利さから瞬く間に市場に広く普及致しました。今回は、この電子天びんの心臓部であるひょう量セル(機構部)の開発の歴史を紹介致します。
精密測定に使用されている機械式天びん(質量計)は等比型天びんに始まり、等比置換ひょう量型、不等比置換ひょう量型と変化して参りました。この不等比置換ひょう量原理を使用した天びんは通称直示天びん(Direct
reading balance)と呼ばれ、現在でも数多く使用されております。
不等比置換ひょう量型天びんの原理は図1に示す通りですが、ひょう量値の読み取りは加除分銅と投影目盛で表示します。
初期の電気式天びんは、図1の投影目盛の部分に電磁補償コイル・回路と位置検出器を取り付け、被測定質量と平衡する為に必要な電磁力を発生させ、その時コイルに流れる電流量をA/D変換して質量を表示させる方式でした。(図2)
この結果、質量の電気的出力が取り出せるようになった為、天びんの利用範囲が広がりましたが、機械的構造は変わっていませんのでコスト的には依然高価でした。
図1 不等比置換ひょう量型直示天びん
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図2 電磁力補償型電気天びん
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その後の研究・開発の結果、1973年になって従来の機械式天びんとは全く異なる構造の天びんが開発されました。図2に示す電気天びんの電磁補償コイル・回路の上に直接ひょう量皿を取り付け、光学フォトセルによって皿の位置検出を行い、電磁コイルへの電流を制御する方法で質量を計測する原理です。(図3)
図3 初期の電子天びんの概略
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この原理の採用によりビーム(棹)と内蔵分銅を省くことが可能となり、風袋差し引き等も含めて操作性が格段に向上しました。
しかし、初期の電子天びんは電磁補償コイルの上に直接ひょう量皿を取り付けた構造の為、被測定物の重量に比例した電磁力を発生させる必要がありました。即ち、被測定物の重量が増加すればするほど強い電磁力を発生させる為、強い電流をコイルに流す必要があります。強い電流をコイルに流しますとコイルにジュール熱が発生し、コイルの温度特性が変化して、ゼロ点ドリフト、感度ドリフト等天びんの精度に影響する各種問題がでてきます。これらの物理特性に由来する誤差要因は制御が容易でない為、電磁コイルに流す電流を低く抑える梃子応用の構造が新たに考案されました。
図4は電磁コイルの電流を少なくする為に考案された、梃子応用の上皿電子天びんの概略断面図です。図5は分析用電子天びんの概略断面図です。
両者は異なって見えますが、基本的な構造は全く同じで、現在一般的に市場に普及している電子天びんは殆どこの形です。
1. 計量皿 2. サスペンション 3. パラレルガイド 4. フレキシブルベアリング 5. カップリング(継ぎ手) 6. ビーム(棹) 7. フレキシブル支点 8. フィードバックコイル 9. 永久磁石 10. 磁束線路 11. 位置検出用遮蔽版 12. 光学式位置検出部 13. 温度センサー |
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図4 改良された上皿電子天びん
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1. 計量皿 |
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図5 改良された分析用電子天びん
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1973年に誕生した電子天びん用ひょう量機構は梃子の原理を応用することで小型化が図られ、このころからこの機構が “ひょう量セル”と呼ばれるようになりました。このひょう量セルを構成するロバーバル機構(四隅誤差を軽減する平行四辺形構造)に使用されているフレキシブルベアリングは機械的衝撃に大変敏感で、ひょう量皿に対して垂直方向の力にはある程度耐性があるものの、横、斜め方向の力には極端に弱く、ひょう量機構全体が変形して目的の精度を出すことが困難です。又、150以上の異なった部品の組み合わせで構成されている従来型ひょう量セルは、組み立て調整に手間がかかり部品毎の膨張係数の違いによる温度特性誤差等構造的問題点を多数かかえております。
1993年にこれら従来型の欠点を全て解決した画期的なひょう量セルが開発されました。
一塊(モノブロック)の特殊アルミ合金をワイヤー放電加工により微細カッティングして従来のひょう量セルと同等の機構を実現しました。従来のひょう量セル構造では解決不可能と考えられていた横方向の耐衝撃性の向上、過負荷に対する耐性、加えて温度特性誤差の軽減等従来品の欠点を解決致しました。又、設計の自由度も飛躍的に向上し、様々なデザインが可能になりました。(図6)
図6 モノブロック原型
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既存のワイヤー放電加工(EDM)技術をモノブロック加工用にメトラー・トレドで独自に改良した結果、0.1μm の加工精度を実現しました。ワイヤーからの放電により部分的に高温溶解した金属(アルミ合金)は、放電ワイヤーに付着してモノブロックをカッティングする為、一度使用したワイヤーは劣化します。
従って、カッティングした後のワイヤーは連続的に新しいワイヤーに置き換わり、絶えず新しいワイヤーが供給されて、製品の微細加工精度を維持しています。
カッティングデザインは製品の仕様に合わせ自由に設計できる為、設計の可能性が高まりました。(図7)
図7 ワイヤー放電加工の原理
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図8 新型モノブロックひょう量セルと従来型との比較
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従来型の致命的欠陥であった横方向からの力で発生するねじれに対処するため、 5/100mmの精度で加工された変形防止機構(矢印の部分)を内蔵しました。
これより、モノブロック計量機構は金属の弾性限界を超えないよう保護され、歪み変形によって生じる天びんの繰り返し性、直線性、四隅誤差等 天びんの基本性能を左右する各項目を、規定誤差範囲内に保ちます。(図9)
図9
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革新的なアイデアと0.1μm精度の加工技術から生み出された過負荷(オーバーロード)保護機構(矢印)は、最大荷重迄の計量には何ら影響を及ぼすことなく、計量限界を超えると即座に応答するように設計されているので、作業スピードが向上しました。又、過負荷荷重はモノブロック自体には何ら負荷を与えず、直接天びん底面で支える構造になっているため、旧来品の30kgに対し、100kgの過負荷にも耐え得る機構を実現しました。(図10)
図10
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結果として、モノブロックはロードセル(電気抵抗線式)の堅牢さと電磁力平衡補償方式の高精度を併せ持つ画期的なパフォーマンスを実現致しました。(図11)
特徴と利点: *堅牢性の飛躍的向上 *使用部品点数の極端な減少による信頼性の向上 *応答性、追従性の向上 *小型化(コンパクト) * 高い設計柔軟性 *温度特性の均一化 *組み立ての必要がなくコストダウンが図れる |
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図11 モノブロックを使用した計量セル
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現在では下は最小表示0.1mgから上は64kgの精密上皿天びんにモノブロック計量セルが使用され、分銅校正用質量比較器(マスコンパレータ)にも応用されております。又、150以上の部品を組み立て・調整した後、製品の特性評価をしなければならない従来品と異なり、モノブロックは特性評価した計量セルがそのまま製品に移行できる為、製品の開発スピードが早められる利点もあり、多種多用なモノブロックの試作が可能となりました。(図12)
図12
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開発当初のモノブロック計量セルを採用した天びんの性能は、ひょう量(最大荷重) 1〜2kgで 最小表示(読み取り限度) は0.1g、分解能は2万分の1でしたが、現在では
ひょう量(最大荷重)は64kgまで増大、最小表示(読み取り限度)は0.1mgまでの計量セルが開発されており、最大分解能は23百万分の1となり、開発当初の1000倍以上になっています。
PR2004仕様
最小表示:0.1mg (読み取り限度) ひょう量:2300g (最 大 荷 重) 繰り返し性:0.3mg 直線性:±0.5mg |
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PR2004
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SR64001仕様 最小表示:0.1g (読み取り限度) ひょう量:64.1kg (最 大 荷 重) 繰り返し性:0.1g 直線性:±0.3g |
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SR64001
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高精度天びんに対する時代の要求は最近では、精度追求と共に省力(自動)化の方向にも向かっております。
現在、スピード重視の自動化機器にはロードセル(電気抵抗線式)タイプが多く使用されておりますが、今後は自動化に適した高精度ひょう量セルの開発が強く望まれるて来ると思われます。この見地から、自動化機器用高精度質量計に一層適したモノブロックタイプひょう量セルの改良型が数多く開発されて来ると思われます。