予約なしで出かける夏休み。久々にモーターサイクルを駆っての旅だ。小さな天幕に寝袋、荷物はそれだけ。拘束するものをできるだけ省くことをもってよしとする。出かける瞬間まで西に行くか、東にするか決めていない。とっさの閃きでハンドルの方向を決める。こんなことで出かけたら免許証を忘れて2時間走って帰ってきたこともあったっけ。
今回はこんなへまはしない。東京はできるだけゆっくりと出かける。道草を徹底的にすることを心掛けるが、バイクは走り出したらなかなか止まれないのである。たどり着いたのは茨城県を流れる関東の名川、那珂川。私は那珂川が好きなのである。川は橋の上に立つといい景色が広がっているものである。案の定、素晴らしい夕暮れの景色だ。イグニッション・キーを切る。4気筒0.4リッターエンジンの高周波振動で手がジィーンと鳴る。茨城を流れる那珂川の下流部はあくまでもたおやか。ここより下には瀬がないというあたりであり、いい景色だ。流れは平野に吸い込まれるように消えている。向こうに見えるのは地平線。太田道灌の「空より広い武蔵野の原」の関東平野である。陽が落ちる頃に川面をわずかに風が流れ涼やかになる。広い河原には帰り支度の遅れた4輪駆動車が3台。暮れなずむ夏の日の余韻に浸かっているようにみえる。長閑(のどか)とはこのことを言うのだろう。
この那珂川も昨年は台風の大水が出て荒れに荒れた。下流部の水戸では大氾濫の一歩手前まで増水。上流部の黒羽町「町裏」の鮎釣り場に架かる橋は欄干まで水がきて、両岸をすさまじい勢いで濁流が走った。
平常の那珂川の流れは物静かである。下流部はたおやかに、ゆったりとした流れを平野に消す。「詩情あふれる」流れだ。
川面の風にのってひぐらしの声が聞こえてきた。油蝉の「ジィー・ジィー」が少し混じっているのが癪だが、ひぐらしの「かな・かな・かな」には泣ける。「哀愁」。人恋しさ。宿の電灯に思いが走る。風呂が欲しい、腹が減った。「今日は野営は止め」。どこか宿に入ろっと。
(文と写真は論説員・横田俊英)
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