セグロセキレイ |
冬の雨、氷雨は嫌なものです。中央道を談合坂付近まで行きましたら検問所が設けられており雪用タイヤとチェーンの装着を確認しておりました。都心の朝の気温は5℃ですから不用心なドライバーは雪道の対策をしていません。渋滞が3km
になっていましたからセブンイレブンで買ったおでんとおにぎりを食べておりました。そしたら急に気分が変わりました。山梨県と長野県の県境の2000m級の高地でスキー散策するつもりで出かけたのですが、雪の日の小鳥たちと遊ぶことに行動目的を変えたのです。上野原インターの前で考えを変えたので、そこで降りることにしました。
山梨県上野原町は東京都の檜原村および神奈川県の藤野町に隣接しています。上野原町の棡原(ゆずりはら)地区は長寿で有名です。雛壇の畑は足腰によく、雑穀類その他の食事が腸内の乳酸菌を育てるのです。成人病予防に通 じる食習慣が維持されていたことが上野原町棡原地区の人々の長寿につながったのです。
私の相模湖にある住まいは棡原地区にある工務店が建てたものです。最近の棡原地区の子供たちの食事は肉類や揚げ物などが増えたため、普通 の日本人と同じになって、腸内の乳酸菌も減ってしまった、とNHKが健康番組で伝えていました。
棡原は高いところにあり山が迫っていますから雪の降り方も旺盛です。径が3cmはある大きさな雪が降りしきる白い世界はお伽(おとぎ)の国を思わせます。積雪は5cmになっていて路面 はラリー仕様です。タイヤがときどき滑るのがわかります。
朝からの降雪で小鳥たちはどうしているのでしょうか。山の木々は綿帽子をかぶり銀世界に見えますが、木立の下の斜面 には低い草木が黒く残っており、ここに小鳥たちが集まっています。ホオジロ、ヒヨドリ、スズメ、ツグミ、ジョウビタキ、キセキレイ、ハクセキレイ、セグロセキレイ、近づく前に藪かげに逃げ込んでしまう大きい鳥、小さい鳥などです。
姿が多いのはホオジロです。あっちの木陰、こっちの藪から頻繁に飛び立ちます。黒いしげみのなかで身体をふくらましたジョウビタキが緩慢な動きをしているものですから、これは写 真を撮る良い機会だとカメラを車外に持ち出しましたら、姿は消えていました。
雪が積もっていない繁みでハクセキレイを散見します。長い尾を独特の調子で上下に振るハクセキレイに混じって、身体が二回りほど大きなセグロセキレイがいました。セグロセキレイは頭部から背の後部まで黒く塗られているのですぐわかります。セグロセキレイは留鳥ですが日本特産の鳥です。北海道から九州まで分布しております。夏にはキセキレイ、ハクセキレイやセグロセキレイに暑い河原で慰めてもらっているのです。この鳥たちに雪の日の山の中で歓迎されるとは思いませんでした。有り難いことです。孟宗竹は傘のように雪をのせていますから、その下には餌になる草むらが残っています。セグロセキレイはジィージィーという声を出して黒いくさむらに逗留しています。よほど気に入ったのでしょう。私はセグロセキレイと付き合うことにしました。ステンレス魔法瓶のコーヒーを飲みながら長いこと動きを眺めておりました。遊び半分で私はこの雪の日を「セグロセキレイ記念日」と決めました。それは2月3日の節分の日でした。
私はこの「セグロセキレイ記念日」に山梨県の上野原町から甲武トンネルを越えて東京都檜原村にまで足を延ばしました。東京都のドン詰まりの檜原村のラジウム鉱泉にヘトヘトの身体を浸けました。
土曜日まで都心で暮らしていると、身体と心が鉛のようになってしまいます。雪が降りしきる銀世界の山道は心の曇りを少し晴らしてくれたようです。週末に鉛になった心を山の中に運びませんと次の1週間が過ごせないのです。一人でいる寂しさを求めているのですが、心が少し癒されると人恋しさが募ってきます。檜原村の雪のなかから上擦った声で東京に電話をしてしまうことがあるのです。 野鳥は人を慰めてくれますが、人のすべてを慰めてくれるわけではありません。人の心はまことに複雑なものです。あっちからこっちから新しい悩みが湧き出てくるものです。複雑なそうした人の心は、達観したはずの人をも弄(もてあそ)ぶのです。そして人は複雑な心を持て余してしまうのです。
since 7/7/2002