−気楽な読み物欄−
旅と写真のお話

〜 書き手 横田俊英 〜

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欧州の旅と写真のお話

昨年の初夏にドイツとイタリアへの旅をした。ドイツのフランクフルトで三年に一度開かれる「アヘマ」という科学と計測の総合展覧会の見学に出かけたのである。これはザルトリウス社の好意でツアーの一員にに加えてもらって出かけたものである。
 ドイツとイタリアの都市ではフランクフルト、ローマ、ナポリ、ポンペイ、ソレント、カプリを巡った。それこそ息をつく間もないめくるめく恍惚の旅であった。とにかくどうなってるのか分からないほどイタリアを満喫する旅のプランは日本法人のザルトリウス社の山口剛社長が現地での滞在経験をもとにしたサービス満点のものである。
 山口剛社長はイタリア駐在を通じてイタリアの国とイタリア人が好きになったということであり、自分の駐在員時代の経験で良かったイタリアをツアー参加者に賞味してもらおうと、内容を盛り沢山にしたのである。
 イタリアでは食べて食べて、飲んで飲んで、見て回って歩いた。そして私は気に入った景色の全てを撮りまくったのである。撮って撮って撮りまくって、撮りくたびれた。これだけ撮れば思い残すことはないだろうと思うほどに撮ったのであるが、出来た写真を見ると数量の絶対数が少なく、その帰結として満足のいくものはほんの2カット、3カットであることに唖然とした。
 ドイツとイタリアの都市の初めて訪れる街を行きずりに撮影するのだから、その写真は多寡が知れていると思うべきである。とはいってもそれは旅の写真である。自分が気に入ることが全てであるから、写真の出来が悪くても誰も困らないのである。


十七名の道中

 ツアーの一行は十七名であった。この十七名のうち引率の役目のザルトリウス社の山口剛社長と斉藤健治部長代理の二人と年中海外に旅しては新しい商売のことを考えている東康夫さんという店頭上場企業の社長さんの合わせて三人がカメラを持たなかった。残りの人々は皆カメラを持って出かけた。一眼レフを持ち出したのは私と沢田淳商店社長の沢田透さんの二人だけ。カメラとビデオを持ち出したのが岡本克巳さん。
 沢田透さんはカメラ大好き、写真大好き人間のようであり、ニコンF3を持ち出した。ニコンはS2やSPといったレンジファインダーのものも普段は使っているのだという。


六台のカメラを担ぐ

 私はカメラを六台持って出かけた。ニコンF4、F601を二台、フジフィルムのフルオートのセミ判、リコーR1sとインスタントカメラのポラロイド・ジョイカムである。旅行者の誰かが私が何台のカメラを持っているかを数え、五台までカウントしたのだという話が伝わってきた。
 ポラロイドカメラは旅先で行きずりの人と知り合ったときの保険であり、効果は絶大であった。セミ判は画質重視のリバーサル(スライド)フィルム用である。セミ判はそのままオートで撮影すると空が大きく画面に入ると露出アンダーになっていた。この傾向は知っていて何度もリハーサルをしたのだが本番ではその効果が出なかった。リコーR1sはコンパクトカメラで相手に警戒心を与えずに使うためのものであり、また重い荷物が嫌なときに便利であった。
三台のニコンのうち、一台のF601にはネガフィルムを詰めて使い、F4ともう一台のF601はリバーサルフィルム用。
 以上六台であるから重いのである。


カメラ好きは多い

 いくら写真好きとはいっても一人で六台のカメラをかつぐというのは尋常ではない。こうした私に刺激されて撮影枚数が増えた人が多かった。食時や暇なときに写真とカメラが話題になることがあり、大抵の人がカメラに一度は夢中になったことがあることがわかった。
 旅行中、つねに黒いサングラスを掛けていたことなどから「親分」と呼ばれるようになった高崎市の深澤克巳さんは、引き伸ばし機など買えないことから幻灯機を使って引き延ばし焼き付けをした高校時代の思い出を語っていた。みなさんカメラのことになると素人でないことがわかる話をしていたのには驚きであった。


露光外れは無し

 この旅行では、露光外れはセミ判を除けばほとんどなっかった。最近のカメラはよく出来ていると思う。とくに評価測光方式の一眼レフカメラはピントと露光は完璧であるから、押すだけでよい。撮影者は好きな場面を切り取るだけでよいのだ。


写真は構える前に撮る

 集合写真などの記念撮影は「構える前に撮る」が、私の口癖である。カメラは構えてから撮らなくてはならないが、構える前に撮るのが粋なのである。
 旅行にビデオカメラを携行した岡本克巳さんはその昔山登りをしていたということであり、登山好きにはよくある並ではない博識家。カメラのことも含めて諸事に詳しい。構える前にシャッターボタンを押す私の撮影に疑問を感じていたようだ。


夜景モード撮影

 その岡本さんから突然に夜景モードによる撮影を「教わる」はめになった。
 ナポリの先にある美しいリゾート地のソレントの海岸端のホテルのテラスでの酒盛りがその場所。夕食後の三々五々、飲んべーと人懐こい人間のグループが同じテーブルを囲んで日本酒の紙パックを開封した。
 すぐできあがる人の東康夫さんは「氷を調達してくる」といってボーイルームに出かけて首尾良くボールに山盛りの氷を確保してきた。この人は天真爛漫で人を反らさない見事なまでに素晴らしい才能をもっている。このときは時価十万円を超えるブランドものの腕時計を氷をくれたボーイにチップ代わりに渡したのである。酒盛りの勢いではそのようなことも有り得ることかも知れないが、ここまでの気前良さは普通の人には真似できないことである。
 この酒盛りは日本酒が出てきたことがあって殊のほか盛り上がった。そしてこのように盛り上がる場には必ず東康夫さんが一枚かんでいるのだ。東さんは沈んだ宴会は悪だと思っているようで、盛り上がらないのは大嫌いである。賑やかなのは江戸っ子の特質といっていいが、東康夫さんは築地の仲買の伜で上野高校から慶応大学に進んでいる。
 さて写真の話である。酒盛りの場で岡本克巳「博識教授」さんから、いきなり夜景撮影モードのことが口に出され、それはレクチャーへと発展した。対象は私である。その講義の後に酔って朗らかになっている仲間で夜の記念撮影をしようということになったのである。東康夫さんは九州は福岡のミスターダンディーこと川口達也さんと断崖のフェンスで肩を組んでポーズを決めた。撮影担当はどうやら私のようで、そのままストロボを焚いたのでは闇夜のおじさんお化けが二匹になってしまうので、暗い背景をも写し出そうと夜景モードにしてシャッターボタンを押した。スローシャッターが切れてカメラ振れが起きてしまったことが分かったので何度か撮影を試みたのである。それを見ていた岡本さんは持ち前の博識をもう押え切れずに、夜景モードの講義を再度始めたのである。夜景モードでの撮影は手持ちではほとんど不可能なのであるがこれを試みたのは愛嬌であった。
 夜景モードはまず背景を無限遠で超スローシャッターで撮影し、つづいて人物にピントを合わせてストロボを発光させて撮影するのである。一秒以上のスローシャッターに耐えるカメラ保持が必要なのである。普通の人のスローシャッターの限度はレンズの焦点距離分の1であるから、大体は二十四分の一秒が精一杯である。
 そのようにして撮影した写真は失敗したかといえばぶれた写真にはなったが、酔っ払い達のはしゃぎ振りを象徴する写真としては一応は成功したものとなった。


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