since 7/7/2002
自然への誘い(3)
甲斐 鐵太郎
霧ケ峰高原コロボックルヒュッテのコーヒーは絶景のおまけ付き
蓼科山に登っていたら「どこから来たか」と訪ねられたから「下から来た」と答えたら、自分は名古屋を午前5時に発っていまこのように登っているのだという。午前9時半のことであった。それなら私は東京から来たのだと答えるのが正解だった。もっともこの日は白樺湖畔の宿に泊まってそこから来たのだから、どのように答えればいいのか微妙ではある。
八ヶ岳、蓼科、霧ヶ峰の山麓は東京と名古屋の中間になるが、東京住まいの人間はそのようなことはほとんど考えない。大前研一氏は蓼科大好き人間を自称していて、この地域のあらゆる林道とその先の小道もすべて知っているという。現地に住まって見る目と遠くから見る目では見え方が違う。同氏は、蓼科にまずはありきたりの別荘を建て、その後にそこを根城にして気に入るロケーションを徹底的に探査し、気に入った場所の木に登って眺望を確認して二度目の別荘を建築した。良い景色と清潔で快適な住まいの別荘を造ることは簡単ではないのだ。谷地の斜面にへばりつくように建てられた別荘地は使うのにやっかいであり、やがては通わなくなって管理費も集まらなくなって、そのうち別荘地全体が荒れてゆき、やがてうち捨てられる。私の知り合いに別荘地の委託管理をしている者がいて、そのようなことを聞いて現場を見に行って驚いた。主要道路から奥にいった細い道が崩れても補修されないので別荘が使えなくなる。
私は霧ヶ峰へ出かけるのが好きなので、八ヶ岳と蓼科と霧ヶ峰の山麓がワンセットとなって私のドライブコースができあがっている。宿は諏訪、蓼科湖、清里などでありその日の気分で決める。清里の清泉寮は温泉を掘ることと宿泊規模を2倍に拡張することを計画しこれを実行した。温泉は赤い色のアルカリ泉で皮膚をとろけさせるので踵(かかと)がつるつるになる。新しく造った新館は全室トイレ付きなので値段は世間並みに高くなったから、私はその半分の値段の旧館の和室に泊まる。
小淵沢と長坂には知り合いが別荘を持っていて小淵沢の人はここで老後の暮らしをしている。長坂の住人は横浜市と行き来している。ここの宿泊人になれば安上がりであっても私はそうはしない。近くに投宿するのが気ままでよい。友人の所にはコーヒーを飲みに立ち寄るようにしている。
春夏秋冬、霧ヶ峰と八ヶ岳と蓼科は何時行ってもよい。とくに霧ヶ峰高原の夏はよい。赤いレンゲツツジの花が高原いっぱいに広がるのと入れ替わるように黄色いニッコウキスゲの花が咲く。ニッコウキスゲ(日光キスゲ)はゼンテイカともいう。キスゲという花はユウスゲのことであり、ニッコウキスゲとは違った味わいがある花である。このキスゲ(ユウスゲ)は夕方に咲く1日花だ。黄色みはニッコウキスゲより薄く主張が少ないのでこれがまたよい。私は富士見町の八ヶ岳山麓で咲くところを知っていてこれを見るのが夏の楽しみになっている。
霧ヶ峰に夏の花が咲くころに車が沢山集まる諏訪市上諏訪霧ケ峰車山肩の駐車場の奥にあって目立たないように営業しているのがコロボックルヒュッテである。霧ヶ峰高原の最高のロケーションにひっそりと建てられたこのコーヒーレストランと宿泊施設はの主人は手塚宗求 (てづか むねやす)氏で、同氏は新版『邂逅の山』(平 凡社ライブラリー 2002年)などを著する日本ペンクラブ会員、日本エッセイストクラブ会員の作家である。このテラスでコーヒーを飲む30分は450円の値打ちを遙かに超えている。