産業技術総合研究所計量標準総合センター(NMIJ)は、2020年2月21日、東京都千代田区のTKPガーデンシティPREMIUM神保町で「第15回NMIJ国際計量標準シンポジウム」を開催し、約130名が聴講した。計測標準フォーラム第17回講演会と共催。
新型コロナウイルスの感染が拡大している折から、出席者はマスク着用、消毒液も用意されての開催になった。また、欠席者には後日、当日配布資料が送られた。
このシンポジウムのテーマは「新時代を迎えた計量基本単位―SI定義改定の総括とこれから―」。NMIJはこれまで、SIの質量(kg)、電流(A)、熱力学温度(K)、物質量(mol)の、4つの単位の定義改定(2019年5月20日)に関して5回の講演会を開催してきたが、今回は総括とこれからの方向性に焦点をあてた。
このシンポジウムでは、ドイツ物理工学研究所(PTB)所長Joachim Hermann Ullrich博士が、SI定義の改定に関わる情報と、定義改定がイノベーション、科学にどのような影響を及ぼすか、講演した。
国内からは、大学と企業の視点から、SIの改定がもたらす効果について講演があった。産総研は、質量、熱力学温度、物質量の単位の定義改定について解説した。
第15回NMIJ国際計量標準シンポジウム開催:新時代を迎えた計量基本単位―SI定義改定の総括とこれから―、2020年2月21日、TKPガーデンシティPREMIUM神保町で
司会は、黒岩貴芳産業技術総合研究所計量標準総合センター計量標準普及センター計量標準調査室室長。
黒岩貴芳産業技術総合研究所計量標準総合センター計量標準普及センター計量標準調査室室長
開会あいさつは、四角目和広計測標準フォーラム代表(化学物質評価研究機構理事)。
四角目和広計測標準フォーラム代表(化学物質評価研究機構理事)
阿部一貴経済産業省計量行政室長が来賓あいさつをした。
阿部一貴経済産業省計量行政室長
阿部室長は、計量制度は社会に大きく貢献しており、計量標準はイノベーション創出の源になると述べた。
計量行政室は最近新たな標準物質を特定標準物質に追加するなど計量標準の着実な整備を進めていること、SIの定義改定を受けて、対応する計量単位令を改正し、2019年5月20日に施行したことなどを紹介した。
臼田孝(産業技術総合研究所計量標準総合センター総合センター長)
臼田氏は、メートル条約下の組織・活動を紹介した。
NMIJ主催のSI単位の定義改定に関する講演会を系統的に開催してきたことを紹介した。
それらを踏まえて▽定義改定の総括▽改定がもたらすイノベーション、科学へのインパクト、持続可能な社会▽NMIJにおける質量、熱力学温度、科学計測の活動▽産業界からの期待、が今回の講演会のねらいだとした。
Joachim Hermann Ullrich(ドイツ物理工学研究所〔PTB〕所長
Ullrich氏は、SI単位の定義改定が、レボリューション、科学、量子革命などに及ぼす影響について語った。
氏は、PTBの高度なプロジェクトを紹介した。
「秒」の定義に関する研究の進展を解説し、光格子時計による定義が実現すれば、測地学の精密化や、宇宙における未知の物質「ダークマター」探索、「重力波」の検出などにによる宇宙構造の解明など、科学的知見の進展に大きな役割を果たすと述べた。
本多敏(慶應義塾大学理工学部名誉教授、SI定義改定プロモーション委員会委員長)
計量標準と人間社会の発展(人間中心の社会、たとえば、ソサイエティ5.0)との関係性を述べた。
ソサイエティ5.0は、サイバー空間とフィジカル空間の高度な融合を目指している。
「標準はモノからコトへ」(システムとしてつくらなくてはならない)ということばでSI単位の定義の改定の意義を説明した。
大学教育や学会、書籍での表記(校正のことがほとんど書かれていない)とSIとの関連も考察した。
計量標準が、SDGs(持続可能な開発目標)達成に貢献するセンシング技術を支えている。
藤井賢一(産業技術総合研究所計量標準総合センター工学計測標準研究部門首席研究員)
130年ぶりとなるキログラムの定義改定の意義を解説した。他の定義は技術の進展の中で改定されてきていたが、キログラムは制定以来、今回の改定まで一度も改定されていなかった。それは、最新の物理学や計測技術を駆使しても、19世紀末の真空冶金技術で造られた白金・イリジウム合金製の分銅の質量安定性を超えることができなかったからだ。
藤井氏は、キログラムの定義改定にいたる研究の進展(とくに産総研がかかわったX線結晶密度法)を説明した。
従来はモル質量の測定精度がボトルネックだったが、シリコンの同位体濃縮法の進展で28Siの比率を99.994%まで高めることができ、アボガドロ定数やプランク定数の測定精度が、国際キログラム原器の質量安定性1億分の5を超えることができた。
藤井氏は「シリコンの同位体濃縮がカギだった」と述べた。
プランク定数の決定に産総研の研究が大きな貢献をしたことを紹介した。
NMIJにおけるキログラムの実現方法を解説した。
藤井氏は、新しい定義は将来のイノベーションをもたらす効果がある、将来のイノベーションにも通用するような定義にしておくことが重要であるとした。
山田善郎(産業技術総合研究所計量標準総合センター物理計測標準研究部門首席研究員)
山田氏は、温度と他の物理量の違い、温度をどうはかるかを視点に話を進めた。
一次温度計と二次温度計の違い、熱力学温度標準と国際温度目盛との関係などを解説した。今回は、熱電対を例に二次温度計を解説した。
定義改定がもたらす将来の温度測定として、▽熱力学温度Tと国際温度T90の差の測定精度向上。@将来的な国際温度目盛T90の改定可能性ATとT90の相互変換すなわち二次温度計でTが測定可能になる等に言及した。▽将来的な熱力学温度の標準供給として、改定後のケルビンの新しい定義に直接基づいた熱力学温度Tの測定をあげた。高温域の標準供給に着目している。
高津章子(産業技術総合研究所計量標準総合センター物質計測標準研究部門長)
高津氏は、@物質量とその単位モルA物質量を決定する方法B化学分析の計量トレーサビリティC今後へ向けて、を解説した。
なぜ物質量が必要かということで、物質量は人間が取り扱うことができる大きさの量と、原子分子を結びつけると説明した。
基本単位としてのモルと定義、定義改定に関連する値、高精度な物質量の決定方法(一次標準測定法)を解説した。
化学分析の計量トレーサビリティの構築に関して説明した。
「まとめと今後へ向けて」として、次のように述べた。
▽物質量は化学における量的な関係を表す基本的な量。▽新しいモルの定義は明瞭であり、わかりやすさが増した。▽これまでの定義との継続性も維持。▽モルの定義においては、「要素粒子の特定」が必要。▽SIトレーサブルな標準物質整備において一次標準測定法が最上位の測定を担う。▽化学分野においては、対象ごとの標準物質が必要であり、さまざまな分析に対応した使いやすい標準物質整備の要望がある。
分析技術の向上が信頼できる化学分析の実現への鍵である。
高柳庸一郎(メトラー・トレド計量計測ビジネスユニットマネージャー)
高柳氏は、メトラー・トレドが実施しているセミナーの内容などを軸に、計量現場におけるさらなる計量結果の信頼性の確保の方法などを講演した。
新定義後の計量現場におけるマインドセット、現場のプロセスにおける「精確さ」の評価等を説明した。
とくに、計量特性を考慮した計量機器の管理と取り扱いの必要性を、最小計量値における精密さ評価を使って解説した。
「質量計のライフサイクルマネージメント」、すなわち、@評価A選定B据付C校正Dユーザー点検(日常点検)という、現実的な質量測定プロセスに沿った管理を提唱し、くわしく説明した。
質疑では、「新しい定義を小学生などにどう説明したらよいのか」「計測に学生は興味を持っているか」などの普及に関する質問も出された。
小畠時彦(計測標準フォーラム副代表、産業技術総合研究所計量標準総合センター普及センター長)
小畠時彦(計測標準フォーラム副代表、産業技術総合研究所計量標準総合センター普及センター長)が閉会あいさつをした。
第15回NMIJ国際計量標準シンポジウム開催:新時代を迎えた計量基本単位―SI定義改定の総括とこれから―、2020年2月21日、TKPガーデンシティPREMIUM神保町で