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日本計量新報 2008年12月7日 (2752号)

徹底した品質管理」という表現は品質管理の偽装だ

 大手食品会社は、ハムならびにチーズなど26アイテムの食品を製造する工場で使用している地下水に基準値濃度の二倍のシアン化合物(俗称は青酸という)が含まれていたにもかかわらず製造を一カ月以上もつづけたために、その製造期間の生産品の回収を余儀なくされた。賞味期限が08年11月14日以前の26アイテム、225万袋を対象に回収作業を継続している。

 工場で使用していた一部の地下水にシアン化物イオンおよび塩化シアンが基準値である0.01mg/mglに対して0.02〜0.03mg/mglと二倍を超える値が検出されていたにもかかわらず、対策など取らずに製造をつづけていた。同社では08年10月25日夜、東京事務所でこのことを同社専務が発表した。08年11月末現在、同工場は稼動を停止しているが、同工場の水源の1号、2号、3号地下水ともに毎日水質検査を行なっており、シアン化物イオン及び塩化シアンの異常値は発生していない。

 同食品工場の地下水汚染は1カ月から3カ月ほど続いたと考えられ、その間対策をとらなかったのは測定の間違い、あるいは測定器の故障と考えてのことであったと同社では発表している。同水源を使って製造した26アイテムからはシアン化合物は検出されていない。基準値の2倍程度の濃度であれば、ハムなどを製造する場合にシアン化合物が影響することがないと判断される。水質基準はこの場合かなりの安全を見込んで設定されていると考えることができるので、基準値を超えたから健康被害に通じると早合点することは合理的ではない。多くの決めごとには安全のマージンを含ませておくことが普通だからだ。地下水を水源として利用する場合にはその水源がいつでも同じ状況であると考えることはできない。有害物質がポロリと混じることは温泉などの水質が一定でないことを知っていれば十分に想定されることであり、この大手食品会社の地下水源のシアン化合物(青酸)は工場から300メートルほど離れたところに旧日本軍の施設の「毒ガス室」があったから、ここで使われた青酸ガスがにじみ出てきたという説もある。

 過去に茨城県神栖市神栖町木崎地区で、有機ヒ素化合物による地下水の汚染で重大な健康被害が発生したことがある。被害が発生した井戸の南東90メートル地点、地下約6メートルの地下水は、環境基準の約3300倍もの値であった。このくらいの濃度の水を毎日使用すると健康被害は免れないが、食品会社の地下水の濃度が基準値の2倍程度であればこの水を使って製造したハムなどの食品からシアン化合物(青酸)が検出されることはない。飲料水の安全率はかなり高く設定されているということであり、また普通につくられる飲料水には毒物はあまり混入しないということでもある。

 当該事故を起こした大手食品会社は、「品質管理体制の再構築と強化を行う」ことを決め、また第三者による調査対策委員会を設立しているという。品質管理(Quality Control)とは、顧客に提供する商品およびサービスの質を向上するための、企業の一連の活動体系であり、JIS Z 8101 は「買手の要求に合った品質の品物又はサービスを経済的に作り出すための手段の体系」である。また、「発注者(注文者)の要求する品質や製品を、合理的かつ経済的に生み出す為の手段や手法の検討」と定義している。同食品会社では事故後に毎日水質の検査をしているということであり、「品質管理体制の再構築と強化を行う」ということは検査を毎日するということでもあるようだ。

 質量(目方とか重量などと言うことが多い)の場合には、袋詰めした商品を一品ごとに計量してチェックすることが多く行われ、こうした計量が製造工程に組み込まれている。質量の計量は、関係メーカーなどの努力によって商品製造ラインに組み込まれ低コストで利用できるようになっている。これに対して、水質の測定を常時行うことは簡単ではない。その製造ラインで現在使用されている水質を常時測定し監視するシステムを、低コストでつくることができれば素晴らしい。水質の対象となる毒物やその他の汚染は多項目であるからだ。製造ラインに供給されている水をそのままに、そして10倍、100倍に濃縮して金魚やメダカなどの魚の水槽を通過させて、有毒性を確認するなどもその方法である。鉱山で空気の状況を知るためにカナリヤを使うのと同じ発想である。

 品質管理は英語ではクオリティー・コントロール(Quality Control)という。品質の工学は品質工学として認められクオリティー・エンジニアリング(Quality Engineering)と呼ばれる。そうしたことの延長にクオリティー・テクノロジー(Quality Technology)という言葉が成立する。テクノロジー(Technology)とは技術のことであり、科学的知識を各個別領域で実際に利用するために、工学的に応用する方法論だ。科学技術と理解する場合もある。サイエンス(science)とは科学である。品質科学、クオリティー・サイエンス(Quality science)は成立するだろうか。「品質をつくり込む」という言葉が良く使われる。品質製造ということでクオリティー・プロダクション(Quality production)あるいはクオリティー・マニュファクチャー(Quality manufacture)が「品質のつくり込み」だ。

 先の大手食品会社は、テレビで釈明する際、「品質管理の徹底」という言葉を使用した。しかし、「品質管理の徹底」とは便利そうな言葉ではあるが、品質工学(Quality Engineering)と親しんでいる者にとっては奇異な言葉として聞こえる。買手の要求する品質は、目的にかなった内容であり、徹底した品質管理のために値段が高くなった過剰品質の商品ではない。偽装された食肉は論外であるのはもちろん、「徹底した品質管理」という表現も、実際には品質管理の偽装ではないのか。


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