細菌性食中毒が増加するシーズン
正確な温度管理を
5月〜10月は細菌性食中毒のピーク
焼肉店の腸管出血性大腸菌O−111によるユッケ集団食中毒、だんご店のO−157による集団食中毒など、4月以降、細菌性食中毒事件が相次いでいる。
加熱用の肉を生食用として提供していた「焼肉酒家えびす」は論外だが、この事件に限らず、これからのシーズンは細菌性食中毒が発生しやすい。
2010年に食中毒と診断された患者のうち57%はウイルス、34%は細菌が原因物質だった。月別の発生件数を見てみると、ウイルスによる食中毒は圧倒的に1月が多いが、細菌性食中毒のピークは8月。温・湿度が高く細菌が増殖しやすい5月〜10月に発生しやすい。細菌の種類としては、サルモネラ属菌、カンピロバクター、そして腸管出血性大腸菌(O−111、O−157、O−26など)を含む病原大腸菌などがある。
カンピロバクターや腸管出血性大腸菌は、少量でも感染して体内に入ると、潜伏期間を経て発熱や激しい腹痛、下痢、嘔吐などの症状が出る。抵抗力の弱い子供や高齢者は、症状が重くなりやすい。
食中毒を防ぐために欠かせないのは、「温度」を適切に管理することである。たとえば腸管出血性大腸菌の増殖温度は7〜45・6℃。室温では20分程度で倍増するが、熱に弱く、75℃で1分間加熱すれば死滅する。
正確な温度管理には温度計が必須
食品製造の現場で必要とされる温度域は、下はマイナス50℃から上は200℃近くまでと幅広い。これは特殊な例ではなく、鮮度を保つために極低温で瞬間冷凍した食品を解凍して油で揚げるといった工程でごく普通に目にする温度である。
食中毒を防止するために適切な加熱が重要なのは前述の通りだが、低温域での温度管理も、安全性や鮮度を保ったまま食品を輸送・保管する上で非常に重要である。(社)日本冷凍食品協会は、冷凍食品の解凍事故などが起こりやすいことから、毎年6〜8月を「冷凍食品の温度管理強化月間」とし、冷凍食品の適切な温度管理の徹底を呼びかけている。
0℃を挟んで250℃もある温度差を、人間の勘だけに頼って管理・制御することは不可能であり、現代の食品の管理手法にも適合しない。現在はフードチェーンで食品安全のトレーサビリティシステムが導入されており、安全の担保となる温度管理を疎かにはできない。誰もが簡単に正確な結果が得られるよう、温度計を使うことが望ましい。
用途に合わせた 温度計選びを
食品現場で役立つ温度計には以下のようなものがあり、用途に合わせて使い分けられている。
■食品用中心温度計
食品の温度は、表面では正確に測定できない。食品用中心温度計は、測定したい食品に金属センサを直接差し込み、中心の温度を測ることができる。煮物などを測定する際は、最も熱が通りにくい食材を選ぶと良い。
■放射温度計
赤外線センサで温度を計測する。中心温度計と異なり表面温度しか計測できないが、測定対象物に触れることなく衛生的に測定できる点、高速で温度を測定できる点が優れている。
■サーモスタット
バイメタルの湾曲などを利用した温度調節器で、機器の放つ温度を一定に保つ。冷蔵庫や冷凍庫、フライヤーに付いているサーモスタットは、温度表示が正しく作動しているか、正確な温度計で定期的に確認する必要がある。
■ボタン型の温度データロガー
温度データロガーは、温度データを計測記録・保存する計器。ボタン型のものは、ボタン電池サイズの中に温度センサー、メモリー機能、電池が内蔵されており、配線が不要。食品の調理・保存過程で、細菌が増殖しやすい温度帯の環境に置かれていないか確認するときに便利である。
現場レポ
園児を守る!
食品の衛生管理
食品温度計を用いて徹底した食品の衛生管理を実現している現場の一つに、幼い子供たちの生活の場である保育園がある。安心安全な給食がどのように作られているのか、文京区立根津保育園の協力を得て調理室を取材した。
同園では、文京区など行政の食品衛生法に基づく指導と、厚生労働省が作成した大量調理施設衛生管理マニュアル(集団給食施設などにおける食中毒を予防するためHACCPの概念に基づき、調理過程における重要管理事項を記したもの)に沿った衛生管理を実施している。
同園では食品の衛生管理の肝である温度管理を徹底するため、数種類の温度計を使い分けている。まず、生鮮食品などの食材が調理室に持ち込まれた時点で、品質確認とともに赤外線放射温度計を用いて食材の温度を測定する。その後、専用の清潔な容器に入れ替えるなどして野菜・果物は10℃前後、食肉類は10℃以下、魚介類は5℃以下で保存する(冷凍で保存するものはマイナス15℃以下)。園では確実に決められた温度で保存するため、すべての冷凍・冷蔵庫内に冷蔵庫用温度計を設置して確認している。
調理では、以下のように管理している。揚げ物、焼き物および蒸し物、煮物および炒め物は、全ての食材を75℃(二枚貝などノロウイルス汚染のおそれのある食品の場合は85℃)以上に加熱した状態を1分以上持続させる。適当な時間を見はからい、校正された温度計で食品の中心温度を3点以上測定し、温度を記録している。
調理環境にも注意を怠らず、調理後に調理室の気温と湿度を毎日測定して高温多湿でないか点検している。全ての測定温度は測定時刻とその他の必要記録と共に5年間保管している。
文京保健所の立入検査が年2回あり、記録の確認などを含め、指導が徹底されている。
万が一食中毒などの問題が起きた際の原因究明に役立てるため、原材料および調理済み食品を食品ごとに清潔な容器に密封して入れ、マイナス20℃以下で2週間以上保存している(検食)。
集団調理という忙しい職場において数多くの温度測定は、手間を増やす作業であることに間違いない。それでも栄養士の小森規子氏は、「食品の衛生管理には、季節に関わらず1年中気を張って、決められた事(温度測定)をすることが大事」と語る。特に、揚げ物・焼き物の調理には計量器を用いた温度測定が必要だと実感するそうだ。園児に出す食品はサイズが小さいため、3点に中心温度計を刺して測定するのに苦労することもあるが、じっくりと火を通せる炒めものと違い、表面の焦げにも気を遣う調理法での料理には、中心温度の確認が必須なのだ。「ウイルスや微生物は一定の温度で死滅するため、確実に温度管理を行っている限り食中毒などの心配はありません」という頼もしい言葉をもらった。
園児達の安心・安全な給食は、確かな食材と適切な機器を用いた温度管理と調理、何より携わる人の責任感に支えられている。
左から「厳しい温度管理を実施」「安全な給食に欠かせない中心温度計」「入荷時に放射温度計で温度チェック」
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