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5 運命の分かれ目 2730号・2731号掲載
昭和18年3月広島陸軍幼年学校を卒業し、埼玉県の朝霞にあった陸軍予科士官学校を経て、昭和19年入間川にあった陸軍航空士官学校に入校した。
そして昭和20年になると東京は空襲が激しくなり、内地では飛行訓練も出来なくなり、3月航空士官学校は満州(現中国東北部)に疎開することになった。私たちの中隊の移転先は東満の東京城(トンキンじょう)という小さな町の飛行場だった。
4月から毎日操縦訓練に励んで練習機を単独で操縦出来るようになった7月のある日、クラスをA班とB班に分けられ、区隊長(クラスの担任教官で陸軍大尉)に「お前たちB班は本土決戦において敵艦船を洋上で覆滅する特攻作戦の要員として促成訓練をすることになった」と申し渡された。私はそのB班に指名された。
数日後の7月22日、20才の誕生日を東京城の飛行場で迎えたが、宿舎から飛行場の向こうに見える故郷の屋島に似た山を眺めながら、来年の誕生日は果たして生きて迎えられるのだろうかと寂しい気持ちになったことをはっきり覚えている。
それから一月(ひとつき)も経たない昭和20年8月9日午前0時を期して、中立条約を破ってソ連軍が満州になだれ込んできた。
午後になるとソ満国境に近い<RUBY CHAR="牡丹江","ぼたんこう">方面から南下してきた貨車に、着のみ着のまま女子供が満載されて避難してきた姿を東京城の駅で見て、悲惨さと緊迫感を感じさせられた。
11日朝になると更に緊迫して、戦車で一日行程の60数キロの所までソ連戦車部隊が迫っているという情報である。そうした慌しい中で、急遽中隊長命令が出て「中隊は鴨緑江の上流にある水豊飛行場に展開する。途中、本隊からはぐれた者は各個に到着せよ」ということになった。
その日のうちに士官候補生は東京城から通化まで、操縦教官が練習機でピストン輸送をすることになった。たまたまその週の週番勤務(一週間交代のクラスの責任者)は幼年学校以来仲の良い篠原君だった。週番勤務の責任上、当然彼はピストン輸送の最後の便に乗ることになった。
私は彼に「俺もお前に付き合って最後の便にするから」と申し出たが、その気持ちの半分は本音で、半分は折角畑で育てた馬鈴薯を食べたいということであった。収穫直前のジャガイモ畑をそのまま残してゆくのも勿体ないし、癪に障る。そこでピストン輸送を待っている間、仲間と早速芋掘りをして鍋で塩茹(しおゆで)して食べたが、その旨かったこと・・・。
ジャガイモをたらふく食べて満腹になって気が変わった。「篠原、俺は一便早く行くから」と一便先に乗ることにした。
運命の分かれ目というか、私の乗った便を最後に天候が変わってピストン輸送は中止になった。篠原たちは自動車輸送に切り替えて後を追ったがとうとう追いつけず、ようやく辿り着いたピョンヤンでソ連軍に捕まりシベリヤまで連れて行かれ、結局内地に帰るのは3年半遅れることになった。
我々は通化から貨車輸送で鴨緑江上流の山深い国境を越えて15日か16日ごろ朝鮮に入った。どういう訳か覚えていないが、本隊から離れて我々士官候補生10数名だけになっていた。
国境を越えた頃から戦争は終わったという噂が聞こえてくるようになった。家々には大極旗が掲げられている。朝鮮民族の変わり身の早さにびっくりしたが、日本国に足を踏み入れて不思議にホッとしたような気分になった。
山越えした列車はピョンヤンの北方の定州という朝鮮半島を縦断する本線と合流する町で止まった。そこへ北上する列車が入って来た。その列車に落下傘部隊が乗っていて、その中の若い将校が「内地に帰れば将校は全員切腹だ。関東軍は降伏しない、我々は関東軍に合流して一戦を交える覚悟だ」という。
士官候補生の中には元気のいいのがいて、我々も一緒に北上しようと言い出した。私は正直反対だった。混乱の中だからこの北上する列車は一時間ぐらい止まっていたが、そこへ南下する列車が着いた。その列車から中隊長がヒョコヒョコ降りてきて、ホームに居た私たちを見つけて「お前たち、ここに居たのか、すぐ乗れ」ということになってそのまま一気に釜山まで南下した。
南下する列車の中で、死ななくて済んだという何とも言えない開放感を味わった。
幸運というか、ピストン輸送の最後の便に乗ったこと、定州のプラットホームで中隊長にパッタリ会ったことという奇跡的な幸運が二つ重なったお陰で、山口県の仙崎という港に無事上陸することができた。いったん豊岡の航空士官学校に帰ったが、学校が解散になり8月31日の夜中に高松桟橋に帰り着いた。夜が明けるのを待ちかねて6キロの道を歩いて、9月1日の早朝、我が家に辿り着いた。私は偶然が重なったお陰で無事に帰ることができたと思っていたが、身内の年輩の人にこの話をしたところ、それはご先祖様が守ってくれたお陰だと言われて、なるほどそういう感謝の仕方もあるものだと教えられた。
(つづく)
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