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日本計量新報 2011年5月22日 (2870号)

原発に関する偽りと事故による膨大な費用追加

原子力発電のコストが石炭や石油や天然ガスなどによる火力発電、そして水力発電より低いという数値は、役所が作成した書類に書かれている。この数値を新聞などのマスコミが繰り返し使うことで、原発コストは低いということが本当らしくみえていた。しかし、それは原子力発電の稼働率を実際にはあり得ないほどに高く設定していたからである。原子力発電のコストが政府機関が説明しているようには安くはないことを、旧社会党の国会議員が静岡大学の教員に依頼して様々な角度から調査してつきとめている。国会の場でも、この議論はされて、従来の試算は覆えされている。
 日本政府関係筋は、東京電力福島第一原子力発電所について、東北地方太平洋沖地震と津波によりIAEA(国際原子力機関)が定める原子力事故国際評価尺度最悪のレベル7「深刻な事故」に陥っていると発表した。安全基準を満たして運転されていた原子力発電所で、チェルノブイリ原発事故(1986年)と同等の事故が起こったのである。これにより、原子力発電が持つ危険性と事故発生時の人体や環境へ悪影響、経済にもたらす被害の大きさが浮き彫りになり、火力発電や水力発電とは対比できないほどの高リスクな発電方式であることが明らかになった。

 枝野幸男官房長官は、原発事故に起因する基準値を超えた放射線量の説明で「直ちに健康被害をおこすことはない」とよく口にする。危険性を否定しているように聞こえるが、そうではない。今すぐではないにしろ、同じレベルの放射線を一定期間人が浴び続ければ健康被害をひきおこす、という意味である。原発から20キロメートル圏の居住者を避難させているのはそうした訳があるからである。内閣官房参与であった松本健一氏は、原発周辺地域には10年か20年は住めないと菅直人首相に説明して、首相はそれを認めたとの一部報道があった。後にこれを撤回したものの、首相周辺でそのような議論があったことは確実である。
 放射線が人に及ぼす影響を決めた国際的な安全基準の設定は、20ミリシーベルトから100ミリシーベルトとされ、これを目安に各国で任意に選択することになっている。日本政府は20ミリシーベルトを採用しているが、根拠となる国際的な数値にしても信頼性には不安要素がある。
 原子力産業に従事する人が放射線によってどのような健康被害を受けるかを調査した米国ピッツバーグ大学の公衆衛生大学院職業衛生調査担当トーマス・F・マンクーゾ教授は、放射線と健康被害とくに癌の発生率に関係するデータを集めて検証した結果、原子力産業に従事する人は他の人々よりも癌発生率が高いということを「マンクーゾ報告」(1977)で明らかにした。しかし、米政府は不都合な「マンクーゾ報告」という事実を覆い隠すために、この研究を揉み消した不都合な真実を覆い隠して放射線と健康被害に関係する目安をつくり、国際機関はこの目安を元に放射線の健康被害の基準をつくった。好都合な事実のみを利用して、放射線の健康への影響を決めてしまっているのが実情のようであるから、政府の説明を鵜呑みにすることはできない。
 「被曝は(時間をかけてやってくる死)ということでスローデス、を招くのです。死は徐々に、20年も30年もかけてゆっくりとやってきます。原子力産業はクリーンでもなければ安全でもありません。それは殺人産業といっていいでしょう」と、マンクーゾ教授は『日本の原発、どこで間違えたのか』(内橋克人著、朝日新聞出版)の中で、インタビューに対して答えている。
 原子力発電は安全でないことが明らかとなり、これまで原子力は安全であると言い張ってきた原子力の専門家の方向転換の言説を聞いて、菅直人首相は5月6日に静岡県御前崎市にある中部電力浜岡原子力発電所の停止要請をした。中部電力は、これを承諾し全面停止を決定した。迫り来る東海地震によって中部電力浜岡原子力発電所に大事故がおきることが、真実みをもって想定されるようになったからである。そもそも守旧派である内閣官房参与の原子力の専門家も、これまでのように原子力産業安全説を説きつづけるわけにはゆかなくなって、いままで無視していた広瀬隆著『原子炉時限爆弾 大地震におびえる日本列島』(ダイヤモンド社、2010年8月26日出版)に書かれているように、原発の危険性を首相に説明せざるをえなかったのである。
 それまで否定されていた事柄が、ある事柄を境に真実に変わるということが、2011年3月11日に発生した東京電力福島第一原子力発電所事故によっておきた。国民の目鼻を覆い、軍部が暴走して悲惨な戦争に走った過去と同じ事象である。原発事故の収拾と避難住民の生活保障に、どれほどの費用が投入されることであろうか。原発のツケは大きく、原発のコストにはこうした費用が追加されて再計算されることになる。

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