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日本計量新報 2011年7月3日 (2876号)

自分の任務に真摯に打ち込んだ田中館愛橘博士

世の中で、自分の希望通りの職業に就いている人間はごくわずかである。末は博士か大臣か、という言葉があるが、わずかな者だけがなれる職業を子供に期待しては、敗残者が世の中に沢山出現することになる。実際に就く仕事は自分の希望と適合しないのが普通である。個人の希望がどうであろうと世の中にはしなければならない仕事があり、誰かしらが割り当てられるようになっている。
  一部の大人が想像して子供に教えるほど、社会の職業や職種は、衣食住と農業、漁業の一次産業、製造などの二次産業、サービス業などの三次産業、と単純に分類できるものではない。大学で工学を学んで専門分野の企業に就職しても、入社後数年は営業や販売を担当することもある。想像を超えたさまざまな分野の仕事や仕事の形態がある。世の中の職業を無理矢理単純に見せて、将来何になりたいか問うのは大人と社会ともに無責任である。
 職業が持つ社会的なイメージと、実際の業務内容には大きな隔たりがあることが多い。実態が見えないままに憧れた職業の医者になったり、弁護士になったりしても、その職業の内容を知ると「何だこんなものなのか」という思いをすることになる。勤務医は休む間もない勤労体制に組み込まれるし、弁護士は、欲と悪意を代弁する仕事を強いられることも多い。
 現実には、社会に出る前に自分に合った職業を見極めることは難しい。大部分の人が、何となく能力に見合った学校に入学し卒業して、採用してくれた企業に就職して、それを職業とする。自分の希望に反した職業であっても、持ち場が求めることをとことん追求していくうちに仕事がわかってくるし、その仕事に対して社会が満足するようになる。自分は志とは違っていつの間にか流されてしまったと思うかもしれないが、持ち場の仕事に打ち込むことで自分が鍛えられ社会にとってなくてはならない人になるのである。仕事の全部が全部楽しいということなどあり得ないが、職場にいれば自分がしなければならない仕事ははっきりしているし、打ち込むことで「やった」という気持ちにはなる。
 英独の一流の物理学者に学んで東大教授となり、日本の物理学の黎明期に活躍した田中館愛橘博士は、天真爛漫ではあったけれども、才能を伸ばすための努力もまた人一倍した人である。
 この人も、始めから物理学を目指していたわけではない。武家としての仕事がなくなったため、陸奥の国、二戸郡福岡町から親子して上京したことが人生の岐路となり、学問を究めるきっかけとなった。自分で描いた通りの人生を歩んだ結果というよりも、自分が置かれた状況の中で許される選択をした後に、努力して功績と残したのである。日本初代の国際度量衡委員でもあった博士の人生から、見倣うべきことは多い。
 人は社会から仕事を与えられる一方で、自分の力を養う努力をしべきである。他の人にはできない仕事ができるようになることで、自ら雇用を創出することができるのである。

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