計量新報記事計量計測データバンク会社概要出版図書案内
2012年5月  13日(2916号)  20日(2917号) 27日(2918号) 
社説TOP

日本計量新報 2012年5月27日 (2918号)

物事の辻褄と計測の辻褄と計測標準のトレーサビリティ

 物事には辻褄があり、辻褄があっているということは論理的でもある。東京電力の福島原発の事故は原子力発電の安全運用のための全体の仕組みに辻褄はがあっていないことを示した。津波はきても大きくはない、その津波は原子炉の施設を壊しはしない、緊急時の炉心冷却用の発電機は動く、といった身勝手な前提で論理をつくっていた。その前提のなかでは辻褄があってはいても、この前提と論理は事実によって木っ端微塵に打ち砕かれたのである。産業技術総合研究所のある職員が、大きな津波に襲われると、この施設は破壊され深刻な原子力事故になると関係の委員会などで指摘したが、聞き入れられなかった。東電が原発設置の地元の人々に述べているのは「原子力発電は安全であり、安全だから安全である、という内容になっていて、地元の行政など関係の組織もその安全な原子力を正しく理解しよう」というものだったからお粗末である。ここにあるのは嘘の辻褄あわせだ。

 計量の世界における精密さのリンクとか辻褄のことをトレーサビリティという。米国の宇宙産業とロケットなどの開発過程で、あちらでつくってもこちらでつくってもそれらの部品などを集めて組み立ることができるように、部品の精密さに辻褄があうようにするために計測のトレーサビリティという仕組みがつくられた。計測の世界における精密さにはもともとそのような仕組みができているのであるが、宇宙産業の世界でこの仕組みをもう一度作り直したのがトレーサビリティであった。米国で先行し、日本がこれに学ぶという形で産業計測標準の分野で計測のトレーサビリティが推進された。これは部門ごとに必要な正確さを確保するための計測標準の連鎖を確保するという狙いのもとで推進された文化的な運動であった。
 計測の辻褄があわない例えとして、日本計量新報社が出版した『トレーサビリティのすすめ』に「あるドイツの小話」が次のような文章で掲載されている。
 農家の老婆がパン屋の主人に訴えられて、役人の取り調べを受けた。
 訴えによると、老婆が1kgと称して毎日パン屋に届けるバターの目方は、850gほどしかないのだそうである。
 そこで役人がたずねてみると、老婆は立派な天びんを使ってバターの目方を量っているのだが、困ったことに、孫が分銅をおもちゃにして見失ってしまった。
 「けれども」と老婆は自信を持って答えた。「私はパン屋で黒パン一キログラムを買い、それを天びんの片方の皿にのせ、それと釣り合うだけのバターをもうひとつの皿にのせて、パン屋に届けております。自分の方が違っているはずはございません」と。
 目方をごまかしたのは、実はパン屋のほうだったのである。
 (この文書は1973年計量研究所第六回学術講演会「国際単位系しくみと実際」からの引用されており、この示唆的で機知にも富む資料の発掘とその紹介には元計量研究所部長で北海道大学教授、現北海道大学名誉教授の高田誠二氏が関わっており、日本の産業計測標準のトレーサビリティ推進における同氏の業績はことのほか大きい)

 計測標準に関連して「トレーサビリティ」という用語が登場したのは1973年頃のことであり、最近では食物の原産地と加工過程などを記録し追跡するための「食のトレーサビリティ」という言葉が聞き慣れている。
 計量法の「計量」についての定義とJISの「トレーサビリティの定義」を文献から拾っていくと、計量法では計量を「物象状態の量を計ること」と定義している。物象の状態の量を計ることは、その量の定められた基準と比較し、比較値を数値で表すことによって実現する。
 計ることに関する用語には「計測」「計量」「測定」などがあり、この用語はJISの計測用語で意味を規定しているが、この規定は必ずしも社会一般のその言葉に対する認識と符合しない。「トレーサビリティ」という用語は計量の仕事に従事する人々の間では普及しているが、その理解は共通ではない。JISの計測用語はトレーサビリティを「不確かさがすべて表記された切れ目のない比較の連鎖によって、決められた基準に結びつけられ得る測定結果又は標準の値の性質。基準は通常、国家標準又は国際標準である」と規定している。

※日本計量新報の購読、見本誌の請求はこちら


記事目次本文一覧
HOME
Copyright (C)2006 株式会社日本計量新報社. All rights reserved.