精度と使いやすさ向上で、新たな市場拡大
環境構築とセットでの営業も
第1集で紹介したように、電子天びんの基本性能は近年どの方式も向上している。電磁力平衡方式、ロードセル式、音叉振動式の機能的な境界も、徐々に曖昧になってきた。
しかし、天びんの機器としての性能が向上すればするほど、天びんの管理や測り方、誤差要因の理解と排除が重要になってくる。
一般に、信頼性がある測定をするためには、「正確な計測器」「計測器の正しい使い方」「測定者の高い技能」が必要である。
第2集では、これらを念頭に置いて、主な誤差要因とその対策に関して述べる。
測定の誤差要因を廃して高精度な測定を
電子天びんでは汎用天びんから分析天びんまで、計量値はデジタル表示される。そこで、試料を皿に載せさえすれば即時に正確な質量が表示されると思いがちである。
しかし、天びんは高精度になるほど設置環境の影響を大きく受ける。高性能な天びんも、本来備えている性能(カタログ記載値の性能)を発揮できるのは、理想的な環境下においてのみであることを認識する必要がある。また計量作業者の天びんの取り扱い方法による影響も、正確な測定をするためには無視できない。試料の蒸発、吸湿、磁力、帯電、対流、重力、傾斜、風、浮力、磁力などの外力が、複合的な誤差要因として、天びんを使っての正確計量の妨害物として作用する。
これらの静的な室内環境のほか、地震(実際に2011年の東日本大震災では大きな影響が出た)、交通などによる床の振動、部屋の圧力変化、台風などの風圧による建屋の揺れ、地震対策をした免震構造を持つ建物での揺れ、電波障害など、正確計量を阻害する要因には事欠かない。
精密機械である天びん・はかりは、整備された環境下で初めて100%のパフォーマンスを発揮する。各メーカーは正しい測定を妨害する要素を一つ一つ解消し、より高精度な測定の実現をめざし、対策を施した機器を開発するとともに、天びんの使用者へ環境整備の重要さに関する啓発に努めている。
◇傾斜による誤差
電子天びんでは、天びんに対し垂直方向にかかる力(質量×重力加速度)を検出し、測定値として表示する。天びんが傾いて設置されている場合は、物体にかかる力(質量×重力加速度)が、天びんに対して垂直な成分と水平の成分に分解され、天びんのセンサーは天びんにとって垂直な成分の力のみを検出して表示するため、本来の質量値よりも表示値が小さくなる。
これを防ぐ対策として、天びんの水準器の示度に注意して、水平に設置する必要がある。
◇対流の影響
周囲温度よりも温度の高い試料を計量すると、試料付近に空気の対流による上昇気流が発生して試料を持ち上げる力となり、試料の本来の質量値より軽く表示される。
対策は@試料や風袋は事前に周囲温度になじませ、対流の発生を低減させるA試料や風袋は直接手で持たず、ピンセットなどで操作するB温度変化のある場所(特に窓や直射日光の当たる場所)に天びんを設置しない。
◇静電気の影響
湿度が50%以下になると帯電しやすくなり、静電気の吸引力や反発力により正しく測定できないことがある。また、静電気は時間と共に空気や計量皿などに逃げていくため、計量値が変動する(ばらつく)原因にもなる。
静電気が起きやすい環境が増えている。クリーンルーム相当の環境下では20%以下の低湿度環境になっているし、人間自身も1万ボルト程度に帯電していることがある。プラスチックやガラスなど帯電しやすいものを測定する際は注意が必要。
■除電器の使用
対策は、試料や天びんを帯電させないこと、帯電物の静電気を速やかに除去すること、つまり除電と遮蔽(シールド)である。湿度を上げること(高湿度すぎると別の問題が発生する)や帯電物を金属製の風袋で囲んでシールドすることも効果的である。ガラス風防の表面に金属薄膜が設定された天びんや樹脂製の風防に帯電防止剤を塗布して対策をしている天びんがある。積極的に天びん用の除電器(各メーカーでさまざまな方式の機器が開発されている)を導入して静電気を除去したり、初めから除電機能を内蔵した天びんを使用するのが効果的である。
◇温度の影響
荷重に対する弾性抵抗や復元力を有する起歪体、板ばね支点の弾性係数は、温度によって変化する。機構各部の材質の差による熱膨張の差も温度特性に対する影響が大きい。室温の変化による計量値の変化は、天びんのカタログに感度(温度)ドリフト(ppm)として記載されている。
ワンブロック構造のひょう量セルの開発などは、この問題に対する回答の一つである。最近の天びんでは、一定値以下の温度変化によるドリフトは自動で補正する機能が装備されているものもある。
電子天びんは、一部の機種を除いて、起電後十分に時間をおいて、内部の温度バランスがとれて以降、計測前に分銅による校正を実施してから使用することが望ましい。
また、校正機能の面からは、内蔵分銅による自動校正機能を搭載した機種が増えている。「完全自動校正」などと表示されている器種は、感度に影響を及ぼす室温の変化があったとき、天びんが変化を感知し自動的に校正を開始するしくみになっている。
◇磁性材の影響
磁性材や磁化した試料を測定すると、天びんのセンサー部に磁場が影響して、正しい計量ができなくなることがある。
天びんの床下ひょう量機能などを使って、天びんと試料の距離を広げるなどの対策が必要である。このほか、天びん皿と試料間に磁性の無いスペーサを配置して、磁気の影響を低減することや、透磁率の高い軟磁性材料により試料を覆い、磁気シールドすることも効果がある。
◇風の影響
天びんは高感度なので、人間が感知しにくい弱い風でも表示が不安定になる。風の影響を受けやすい場所は、エアコンの吹き出し口、部屋の出入り口の近く、通路の近く、温度変化のある場所など。
対策は、以上のような環境下に天びんを設置しないこと。また、天びんに風防を付けて、風が皿に直接あたらないようにする。
◇振動による影響
天びんに振動が伝わると、計量値が不安定になる。東日本大震災での地震による振動が、九州に設置された天びんの計量値を不安定にした実例がある。特に低周波の振動には注意が必要。
振動が発生しやすい状況をまとめると、2階以上のフロア(高層ビル)、風の強い日、免震構造の建物で地震が発生した時、地盤の弱いところ(埋立地、川岸、海岸)で、特に風の強い日、海岸沿いで波の高い日など。
対策は、計量スピード(Response)を安定側に変更する。最近は、測定中に簡単に計量スピードをかえられるように設計してある天びんも発売されている。王道は、除震台を使用すること。また、高層階はできるだけ避け、1階の壁沿いに天びんを設置する。
◇重力加速度の影響
物体の重量は重力の加速度に比例して定まる(重量=質量×重力加速度)。重力の加速度の大きさは、電子天びんの使用場所(緯度、標高)により異なる。赤道では重力加速度が小さくなり、両極付近では大きくなる。また、同じ緯度であれば、標高が高い方が重力加速度は小さくなる。その結果、たとえば100.00gの分銅では、札幌と那覇では0.14gも測定値が異なる。移転などで電子天びんの設置場所を変更した場合には、その場所で再度正しい分銅を載せ、調整しなおす必要がある。
こうした手間を省くため、各メーカーは校正分銅(おもり)内蔵型の天びんを考案している。
◇空気浮力の影響
分析天びんなどの精密級の天びんは、浮力の影響を受ける。密度が異なる同じ質量の物体を計測すると、空気浮力の影響のため、指示値が異なってしまうのである。
試料の形状だけでなく、気圧が異なると空気の密度が変化し、浮力が変わり、指示値が異なることにも注意したい。
したがって、サンプル処理後の質量差測定や重量比較測定などのように測定日が異なる場合、気圧、大気の相対湿度、気温をチェックし、大気による浮力を補正する必要がある。空気浮力補正プログラムを搭載した天びんもある。サンプルの密度を入力するだけで自動的に空気浮力を考慮して実際の質量を計算するプログラムである。
◇防水・防塵・防風
水やホコリも天びんにとっては手強い外乱要因である。測定の現場では、水・ホコリなどが機器にかかることが当たり前。また、薬品を扱う現場などでは、安全面から水で丸洗いできる機器など多用な要求への対応が求められる。そこで、過酷な環境下にも対応できる防水・防塵・防風構造の天びんへの需要度が高まってきている。最近は、IP65以上の防塵防水等級を持つものも登場している。
防爆仕様の天びんも新光電子から発売されている。音叉式センサーを使った天びんは、構造上、電気をほとんど使わないので、安全性が高い構造にしやすい。
誤差要因を減らす工夫した天びんが
最近は、誤差要因を機器の側でできるだけ低減しようと工夫した天びんが登場している。また、測定の不確かさを小さくするために、測定者が使いやすい工夫を凝らしたものも多い。天びんの使いやすさとは、使う人や場所、周辺機器を選ばずに使用できるということ。操作のわかりやすさと単純化は、一昔前の天びんに比べると非常に進歩した。自動除電機能や防水防塵性能、分銅内蔵による自動校正機構、空気浮力補正プログラムなども、使いやすさに貢献している。
◇『計量計測機器総合カタログー質量計版ー』で確認を
これらの工夫は各社のカタログに特長として強調されているので、容易に確認できる。日本計量新報社が、無料で利用できる電子版カタログとしてweb上に掲載している『計量計測機器総合カタログ−質量計版−』(http://www.keiryou-keisoku.co.jp/sougoukatarogu/)を利用すれば、各社の天びんの特長を簡単に確認することができるので、ぜひ利用してほしい。
◇基本操作の単純化と教育
最近は初心者でも比較的簡単に操作できる天びんが登場している。
また、メーカー各社が天びんの基礎を学ぶセミナーを開催し、正しい使用方法を啓発している。
◇天びんと設置環境をセットした販売方式
エー・アンド・デイの「BMシリーズ」は、同社独自の「計量環境評価ツール」を使って設置環境を連続的にモニターし環境改善のソリューションを提供する。天びん本来がもつ能力を最大に発揮させるものとして、またユーザーの要求を満たす新たな営業形態の構築として注目される。
この計量環境を評価できるツールは、「計量環境データロガー」として、商品化されている。同器は、計量値と計量器の設置された場所の温度、湿度、気圧、振動を時系列で同時にまとめて記録することができる。これにより、長時間にわたって記録されたデータを元に、環境が及ぼす計量値に対する環境誤差要因を明確にすることができるので、的確な環境改善対策を採ることが可能になった。
精度以外の要望に応える
◇測定データの汎用性向上
天びんをスタンドアローンで使うだけでなく、複数台の天びんから得たデータを総合管理する必要性が高まっている。コンピュータとの接続性、親和性も電子天びんには欠かせない機能になっている。天びんなどで計量して得た結果を、パソコンに取り込んで分析やデータベース作成、パソコン側からの計量器コントロールなどの需要が増しているからだ。
■通信機能の強化
測定データをパソコンに取り込む際、ウィンドウズ直結機能や、インターフェースとしてRS−232Cのほか、USB標準装備、LAN上のパソコンと双方向通信などの機能によりデータの汎用性が向上している。パソコンとの接続を容易にするため、天びんのRS−232CとパソコンのUSB端子をつなぐアダプタなどもある。
ワイヤレス通信にも対応するようになってきており、天びん・はかり用ワイヤレス通信端末なども提供されている。
◇耐久性への要求
天びんの使用場所はラボばかりではない。天びんが生産工程へ組み込まれることが多くなっている。そのため、耐久性に対するユーザーの関心は高く、天びんの耐久性が高まっている。自社天びんの耐久性をアピールするため、カタログに耐久性の比較テスト結果を掲載したメーカーもある。
◇モジュラー化
ひょう量や各種機能をユーザーの用途に合わせて自由に組み合わせることのできる、モジュラータイプの天びんも出ている。
地震による災害などの経験から停電中も使用できる電池式の天びんへの注目も高まっている。 |