戦後間もない頃、タイプライターでの文書作成を前提とした漢字制限政策としての当用漢字の制定は、その後文字を少し増やして常用漢字に名称を変えた。 2010年の制定を目指している「新常用漢字」(仮名)は、常用漢字から「錘」「匁」「勺」「銑」「脹」の5字を削除する方針で文化庁の文化審議会国語分科会漢字小委員会の審議が進んでいる。2009年2月に最終案を公表、その後パブリックコメントを募集するので、最終的にどのような決着になるかわからないが、現代人は漢字変換に優れたパソコンで文書を作成しており、それは行政機関も同じであるというのに、何故、今このような措置をしなくてはならないのだろう。 もともと質量計をあらわす「秤(はかり)」という漢字も常用漢字から除外されており、これに「錘」「匁」「勺」「銑」「脹」が加わってしまう可能性がある。ほかにも度量衡制度や計量技術にかかわる重要な漢字で常用漢字に搭載されていない漢字がある。計量用語を削除する方針に大きな嘆きを覚える。 また、常用漢字に含まれていても、日常的に使用する音訓が常用漢字表から外れている例がある。常用漢字がいかに我々の感覚とずれているかを示すために、列挙してみたい。 愛(いと)しい、愛(め)でる、以(もっ)て、委(ゆだ)ねる、為(ため)、育(はぐく)む、因(ちな)みに、家(うち)、鶏(とり)、空(むな)しい、臭(にお)う、私(わたし)、企(たくら)む、疑(うたぐ)る、活(い)きる・活(い)かす、即(すなわ)ち、主(あるじ)、辛(つら)い、描(か)く、密(ひそ)かになど 日本語はもともとあった大和言葉(和語)が基礎となって、色々なことを言い表すのに便利な漢語を重ね合わせてできあがった。現代の日本語がそれである。例えば、「現代」という言葉は漢語であり、大和言葉でいえば「いま」となる。現代の日本人が使っている漢語混じりの言葉を大和言葉に置き換えて表現するとなると、かなりの部分に空欄ができるか、遠く外れた大和言葉で長々しく述べることになる。これに、ローマ字で表記されることが多い英語などその他の外国語が加わってくる。 日本語であっても縄文時代の言葉は現代の私たちには理解することができない。そのことは、薩摩言葉、津軽弁ほかの地方語を想起しただけでわかる。アイヌ語には縄文時代の言語が色濃く残されており、そのアイヌ語を話されて理解できる現代人がほとんどいないこともその証明になる。 現代の日本語は、縄文時代に始まる日本人の言葉を変わらない基本要素として、南方の島々や国々、そして朝鮮半島や中国大陸などから渡来した言葉が重複してできあがっている。日本の言葉の基本は変わらないが言葉は刻々と変化する。 現代の日本語の漢字表現に常用漢字という形で枠組みをつくることは悪いことではないが、こと計量の分野の言葉が削られることに平静でいられないのは計量にかかわる者としての人情(感情)である。 常用漢字は法令文書作成の目安となり、常用漢字に含まれない漢字を使用する場合にはルビをふるなどして対応することになる。新聞社では新聞用の漢字表を制定して漢字使用に大枠を設けている。その一方で、学校の入学の選抜試験に難しい四文字熟語や漢字の読み書きを課して選抜している。 計量単位の「匁」(もんめ)が常用漢字から外されることへの哀惜として、日本計量史学会理事で中国度量衡史の第一人者の加島淳一郎氏が説明した「匁」にまつわる歴史とその事実を同氏の感情を添えて引用する。 「匁の字は辻(つじ)や栃(とち)、峠(とうげ)と同じように日本で作られた国字、または和字と呼ばれるもので、質量の一貫の千分の一の単位であるとともに一両の六十分の一の銭の単位として使用されてきたもので、中国にはない漢字です。われわれの先人が作り上げた文字を消すことは絶対に許されることではありません。中国でも真珠の質量は匁で量りますが、文目と書いてwenmu(うえんむー)と読みます」