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日本計量新報 2011年6月19日 (2874号)

壊れている計測器に頼ろうとした失敗と教訓

東京電力福島第一原子力発電所の事故に関連して、温度計や原子炉内の水位を測る圧力計が故障していたという報道に接するたびに、事故原因がこの圧力計や温度計にあるような印象が残るので何ともやるせない気持ちになる。
 圧力計と温度計は、東京電力や原子力発電用の規格に適合したものが納品され設置されているから、どのような場合でもその責任は設備者の側にある。放射能漏れの責任が、万が一にでも圧力計と温度計にあるとされるのは理不尽である。規格をはるかに超えた振動や浸水やその他の条件になれば計測器は壊れる。ガラスの温度計は、コンクリートの上に落とせばガラスが割れて破損することと同じで、設定を超えた苛烈な条件では計測器は壊れて機能しなくなる。
 原子力発電所の中央制御室には、驚くほどの数の計測器と対応するセンサーが設置され、その動きを運転担当者が監視し制御している。原子炉の計測器が壊れて機能しないときには、非常事態として原子炉を速やかに止めることが原則である。原子炉に著しい外乱が加わっているのに、同じ値を示す水位測定用の圧力計や水温測定用の温度計があれば、これらは壊れていると判断するのが真っ当である。
 にも関わらず、原子炉事故の当初から壊れて当てにならなくなった圧力計や温度計の数値をよりどころにして、原子炉を停止することができずに被害が拡大する最悪の事態を、少しでもよい方向に理解しようとしてきた当事者の態度は絵に描いた大失態そのものである。中央制御室のモニター用の計測器のうち特に重要な計器に不審な動きがでたら、最悪の事態と考えてそれに対応する処置をしなければならない。

 東京電力福島第一原子力発電所の事故によって、どれだけの放射能が海に空に撒き散らされていて、どれだけの被害を地球上の生物に及ぼすことになるのか、事態が収束しない現時点では判断ができない事柄が多い。
 原発事故が発生し、放射性物質が及ぼす影響を現実のものとして考えるようになると、どの説が正しくて、どの説が間違っているかを検証して行かなくてはならない。国際機関が決めた安全限度とそれに従う日本政府の考え方が正しいのか、それともこれまでは極論とされていた放射能徹底害悪説にも論拠があるのか。日本政府と国際機関の考え方が間違っているかも知れないとなると、事故地に近い地域での人の生活には大きな不安が伴う。理屈は分からなくても東京電力福島第一原発に近づくほどに人は不安になり一刻も早く退きたいと思う。原発所在地の自治体に原発補助金としてつぎ込まれてきた費用は多額で、自治体が補助金依存から抜け出すのは容易ではない。
 原子力を正しく理解し、放射線の人への影響を正しく理解することの結果は、原子力発電の継続なのか、別の発電技術への方向転換なのか。

 これまでは政治家の判断が国の政策となり進められてきた。しかし、東京電力福島第一原発の事故により、原発に関して政府と電力会社などが行ってきた安全性の説明は、結果としては嘘となってしまった。もはや政府に、国の将来を決めて人々を率いる力と能力はない。これからは、国民に判断がゆだねられることになるであろう。原子力への確かな知識を、国民が本当の意味で持たなくてはならない状況にある。原子力と放射線を人は真っ当に管理できるのか。活断層の上に原子力発電所があり、地震後の大津波に対して原子力発電所安全でいられるのか。事故後の放射能汚染は防げるのか。そして放射能の人への影響の科学的な評価はどうなのか。考え評価する国民には大変な義務が負わされたことになる。
 原子炉の計測器が壊れているのに、それに頼ろうとした東京電力とこれを監視指導する立場にあった日本国政府の失敗は原子力を考える場合の教訓になる。

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