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日本計量新報 2011年7月17日 (2878号)

放射線測定の信頼性確保を

福島は怒っている。東日本大震災で被災した地域の中で、その怒りの強さは突出している。被害の大きさでいえば三陸地方の津波被害は甚大で、多くの人が家族、家、船、職場も奪われた。しかし地震と津波被害には無念さの言葉は出ても、怒りの言葉を発する人はほとんどいない。津波が押し寄せたのは国のせいではない。自分が悪いわけでもない。誰が悪いのでもない自然の猛威に対する感情は、怒りではなく諦念に近い。


 対して福島は怒りを爆発させる。放射線を発生させたのは東京電力であり、原子力発電を推進してきた国である。元凶がはっきりしており、しかも対象が自然ではなく企業や国であるから、怒りの向け先が明確だ。自然は畏敬するが人に起因する悪事には怒る、現代日本人の気質が人々の行動に象徴的に出現しているようにも思われる。


 震災後、人々の放射線線量に対する認識や意識が急速に高まった。放射能による健康被害の実態を理解すればするほど、高いレベルの放射線が観測された福島市や郡山市の人々が怒るのは当然である。被害を最小限に防げたかもしれないという悔しさに加え、放射能への恐怖は未だ続いている。一部の人間が起こした過ちのせいで、明るい将来を描けない苦しさは計り知れない。

 1974年、横須賀港の海水の放射線汚染の状態を測定するデータの改ざん事件が国会で取り上げられた。横須賀港を基地として使用していた米軍原子力潜水艦の原子炉から発生する放射能物質を測定したデータを、「汚染はない」という形を整えるように改ざんされていたというものである。これらの計量証明のあり方や公害防止への社会的要請の高まりから、環境がらみの測定の在り方の新しい方式として計量法で環境計量証明事業者制度が創設され、併せて環境計量士制度が設けられた。


 ある事柄が事実であることを証明するための計測に対して、幾つもの測定データがでてくるのでは困る。測定対象、求められる精密さに対応する計測器、測定の方法、データの取り方、測定する人、その他幾つもの条件を設定することによって、真に事実であることを証明する計測が実現する。


 いま日本の各地で行われている放射線量の測定には、計量法上の規制が設けられていないので、勝手な計測ができる。市販されている放射線測定器の中には、精度が不十分なものや、使い方の難しいものがある。


 信頼できる放射線線量計測をするためには、正確な計測器を、高い技能を持った測定者が、正しく使わなくてはならない。正しい測定方法を身につけていない人が、手頃な値段の放射線測定器を買ってきて放射線を測定すれば、測定するたびに別の測定値が出て、事実を確定できない。これでは測定の意味がない。


 たとえば、福島県内の人々が、自分たちで放射線測定器を買ってきて地域を測定し、そのデータに基づいて、国や東京電力に補償を求めたとする。一方、国と東京電力が別の測定器で測った別の値に基づいて反論すれば、議論は成り立たない。統一的な測定基準がないままめいめいが測定を続けていると、「真実の値」をめぐって国と住民が争う事態も起こりうる。
 6月に開かれた、都道府県の計量行政機関の集まりである都道府県計量行政協議会総会で、「放射線量の測定値に関する計量証明が急速に増えているが、これをそのままにしておいてよいのか心配だ」との声が出た。輸出製品の放射線量の証明を相手国から求められる状況が増えているためである。


 経済産業省の知的基盤課は、「計量法で規定する都道府県知事の登録を受けなければならない計量証明事業には放射線量の計量証明は該当せず、登録は必要でない」と回答している。しかし、日本の検査では基準値以内とされた製品が相手国の検査で基準値を超えているとされ、受入を拒否される事例も生じている。


 放射線量の測定は生命の安全に直結するものであり、信頼性が確保できる測定値でないと対策にも誤りが生じる。国は、放射線計測の信頼性確保のための法制度の整備など、迅速に対策を講じるべきである。

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