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日本計量新報 2015年11月22日 (3082号)

ドイツ人の酒枡(さかます)の計量法規と日本の商慣習

ハイデルベルクの酒場でワイングラスをシャンデリアにかざしてムードにひたってご覧になるとよい。こがね色に輝くグラスには、法律で定められた液面表示線がありありと認められる。その高さまでワインをそそいで卓に供するのが酒場のおやじの法的責任なのだ。
 ドイツ人が酒枡(さかます)のことにうるさいのは、古今のことである。1965年ごろに出たドイツ計量法規の解説書を見た。謹厳そのものの風采にふさわしい、生真面目なこの書物の中に、たった一枚だけ図面が出ている。酒枡の仕様に関するものであって、その前後のくだりには酒枡の法律的規定がこと細かく説明されていた。
 理詰めのドイツ人も酔っぱらえばたわいのない百鬼夜行ぶりを発揮する。ミュンヘンあたりの大ビアホールに立ち寄った方はご存じだろう。みんな机の上に躍りあがり肩を組んで陽気に騒ぎまわっている。
 酒枡の理屈などどこ吹く風といわんばかりのほがらかさだ。アルコール類の計量法規の研究に余念のない老博士(上に紹介したドイツ計量法規の解説書の著者で高齢の法学博士)の痩躯と、このふたつのことを思い浮かべるたびに微笑ましくも感じ、また少々あほらしさも感ずる。
 日本にも酒枡というのはあるが、これはもっぱら雰囲気を楽しむためのもの。民芸品などで合、升の文字を焼きつけたうつわが見られる。その容積は昔の単位の合や升とは関係がない(むしろ関係があってはいけないのである。これらの単位で取引することは1959(昭和34)年以後さし止められているのだから)。
 考えてみれば、おちょうし何本とか、シングルだダブルだとかいうのは、ずいぶんあいまいなものだが、徳利やブランデーグラスのあの美しい姿をケプラーばりの高等数学で解析して飲むのでは、いっこうに酔いが回らなくて、かえって高くつく。
 結局、びんに詰めて販売する時に分量がキチンとわかっていさえすれば、こと足りる。わが国ではメートル系のリットル、ミリリットルに整然と統一されることになったのだから、立派なものである。
 ドイツでも、いい加減にうるさい規定はやめることにしたらよかろう。そうすれば例の老博士も研究の手間がはぶけて、しかも液面表示線などの無粋なアクセサリーのつかない好みのグラスで、ゆっくりとワインをお楽しみになれる。
 以上は「ドナウ川のほとりの天文学者 ケプラー」の題で『単位の進化(原始単位から原子単位へ)』(高田誠二著、講談社学術文庫、2007年刊行、初出は1970年刊行の講談社ブルーバックス)から順序を入れ換えて引用した。
 高田誠二氏は旧通産省の計量研究所で高温計測技術の研究に従事、同所にあってはふたつの部門の部長などの要職を歴任、そののち北海道大学の教授として研究と教育の仕事をした。科学史の分野で業績をあげており『単位の進化(原始単位から原子単位へ)』は毎日出版文化賞に選ばれている。同氏は旧計量研究所時代にドイツの国立研究所に滞在していたことがあり、老博士のようすはそこでたびたび見ている。
 計量法が取引証明分野の計量法を含めて全品検定の時代、つまりメーカー検定の時代から計量研究所の職員として検定業務にもかかわり、その後に検定が一部の計量器に限定されるユーザー検定に移行する時代を行政関係の当事者として経験したのが高田誠二氏である。
 何をどこで、そしてどこまでという計量法の規制に関係する変化を肌で感じてきた経験が導きだした見識が上にある文章だ。「ドナウ川のほとりの天文学者 ケプラー」はルドルフ侯(神聖ローマ皇帝ルドルフ2世)の依頼によって中都市ウルムの円筒型の容器による長さ、質量、体積(液体および穀物)の標準器をつくっている。ケプラー(ヨハンネス・ケプラー)はオーストラリアのリンツからライン川を下ってウルムに移ってこの仕事をした。ケプラーの度量衡標準器の製作から300年後にアインシュタイン(アルベルト・アインシュタイン)がウルムで生まれた。ケプラーは天体の複雑な運行の情報から、美しい諸法則を引き出した。アインシュタインは宇宙そのものを神として信じていた。ケプラーとアインシュタインは天体の動きなどを数学によって理解したといってよく。ここには普通の言葉ではない数学の言葉が用いられた。
 日本では折しもアインシュタインが予言した重力波をとらえる装置がスーパーカミオカンデの近くに完成した。重力波(gravitational wave)は、アインシュタインの一般相対性理論において予言される波動であり、時空(重力場)の曲率(ゆがみ)の時間変動が波動として光速で伝播する現象である。
 ビールやワインの容積の適正なあり方は、ケプラーと関連付けられて議論される計量法のあり方と、重力波を捉える実験が始まった科学の現場が対照される。

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