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日本計量新報 2007年9月2日 (2689号)

人の労働が機械や道具に置き換えられる時代と人の知恵の働き

人の労働を道具としての機械が置き換えることをしてきたのが機械や道具の歴史である。農業における耕耘機、田植機によって日本の稲作農家は少ない人手で多くの収穫を得るようになった。土木分野での機械の働きと同じようなことであり、さまざまな産業分野で人の働きを機械が代わって行うようになった。電子式のものでは駅の自動改札がそうであり、さまざまな切符、入場券・乗車券・食券などのチケット販売はほとんどが自動化されており、予約券(予約の権利)はインターネットで結ばれたオンラインサービスによって利用者自らが行動して取得するのが普通になりつつある。機械や道具がそれまで行われていた人の労働の代わりをするようになってしまうと、人の労働とは何だったのかと唖然とすることが多い。
 人の労働とは個々の人々にとっては人間の能力の発揮である。その能力が機械や道具に置き換えられてしまうと、それまでの労働を振り返って人は何度も情けなさを感じることになる。レンズの設計のために光学的な解析をする計算をレンズメーカーでは計算が得意な大勢の女子職員に行わせていたものが、その後コンピュータの登場でこの分野の人の直接的な労働が排除されるようになった。コンピューターの利用についてもその当初は役所が設置したものを借りて利用するようなことであって、これでもそれまでの筆算による計算に比較すると威力十分であった。その後のコンピュータの能力の向上によってレンズ設計のための計算は格段に自由度が増していて、レンズの設計はパソコンとの相談によって行われている。
 人の能力とは何であるかというとそれは時代によって定義する内容が変わる。武田信玄が人は石垣と称し、それまでの高さがある石垣の上に城を築くことをしなかったのは、攻めるも守るも家臣団の結束と考えたからであるとされる。現代の情報社会では経済が知識化して知識経済になっていることをアルビン・トフラーが強調し、同氏がアドバイザーをしているIBMではパソコンのハードウエア製造事業から知的財産の製造事業に事業内容を移行する行動にでている。知識経済のもとでは人の能力の重要な内容は知恵に属する事柄となっている。知識経済にあっては知恵こそすべてであり、知恵を働かせる能力の開発に人間は努めなくてはならない。その知恵の働きにはさまざまな知識が必要であってもただ単に百科辞書を丸暗記する能力というものではない。知識と知識を組み合わせてそれを応用する能力のことであり、それは創造性のようなことである。すでに存在する知識を利用するために明治の高等教育はその仕組みをつくったのであり、その実際の内容は欧米の科学技術を利用できる能力を養うことが高等教育の目的であった。現代の日本の学校教育は考える力を養い、生きる力としての希望を養うものではなく、もっぱら暗記型のものであり序列化された上級学校への入学だけが目的になっている。
 人の能力はどのようにして開発されるかというと、一心不乱に目的に向かって邁進することによってである。手に技術を覚えさせるには15歳からでは遅すぎ、13歳からがちょうどよいということは経験的にわかっていたことであり、昔の職人修行は13歳から始まった。現代は知識が主体になった経済になっているので如何にも序列化された最上級の学校で学ぶことが最大の知識を獲得するかのように錯覚されていることを示す事例として、文芸の分野ではそうした学校の文芸家養成の場ともいえる文学部の卒業生のなかで、むしろ見劣りする学校歴の人々の活躍が大いに目立つことを挙げることができる。昔は書生といって文芸家について文章修行することが普通であって、こうしたことを経て書生は作家への道を見いだしたのである。似たようなことを現代でもした作家があり、この人は池波正太郎の本を徹底的に読むことを通じて筋書きの作り方を学び、文章の書き方を学んだのである。この人の文章修行は13歳からの職人修行と瓜二つである。それしかないと一生懸命になること、ただそれだけである。能力とは物事に全身全霊で打ち込むことによって開発される。能力があるとかないとか考える暇もないほどに一生懸命になることである。
 一生懸命に物事に打ち込むことによって道が開ける、企業の能力を開発するという計量計測機器の開発の分野でもその数はあまたある。音叉の振動とそこに掛けられる加重との相関関係を利用して精密かつ高安定な力センサーを開発して、質量測定分野でそれを製品化しているのはその筆頭である。この力センサーは日本国の機関がハワイのマウナケア山頂に設置しているスバル反射望遠鏡の鏡を鏡として最大に機能させるための最重要な機械要素として組み込まれている。農産物やその他の数多い品物の目方を組み合わせて所定の量を実現する組み合わせ式はかりの開発も、現場の需要に対応するという執念と一生懸命から生まれたものである。また体重を計ることは健康を計ること、その健康は体脂肪の量と関係がありその他の体組成と関係することなどをもとに体重計応用の健康計測機器を開発したのも一生懸命以外の何物でもない。
 人の能力としての知恵は一生懸命に打ち込むことによって育まれる。能力があるとかないとかつべこべいわずに、とにかく一生懸命に目的と取り組むことである。慣れは高度なことを普通にしてしまい、その地平に立ってその先を見ると険しい峠道の頂に到達したのと同じように壁としか見えなかった道の向こうに光り輝く広大な景色が開けるのである。


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