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日本計量新報 2011年11月27日 (2895号)

キログラムの定義が変更されても現場計測の方法は変わらない

この世に存在する全ての物質には、質量がある。質量とは、物体そのものを構成する物質の量である。地球や宇宙の如何なる空間であっても、物質の量は変わらない。質量は、普遍的な国際計量標準を作り出すための世界共通のルールである国際単位系(SI)の7つの基本単位の一つで、表示にはkgが用いられている。
 質量と同じような意味で使われがちな重量は、物と物の間に働く万有引力(特に、地球〔または他の天体〕と物体との間に生じる)で生じる重力の大きさである。重力は力なので、質量×重力加速度が、その大きさである。よって地球上と宇宙空間では、同じ物体でも異なる重量となる。日本国内でも質量1kgの物を重力値を補正しないハカリで測定すると、地域によって重力加速度が異なるため、最大で1gほどの差が現れる。例えば富士山と海抜0mのところでは重力値が異なるために富士山での重量表示は平地よりも1gほど小さくなる。このような重力変化の影響を防ぐため補正して質量として表記することが行われる。バネなどの力を利用してハカリを構成する方式は重力の値の影響を受け、質量の定められた分銅と比較するヤジロベエ方式の天秤ハカリは重力の影響を受けない。

 質量の基準となる単位(キログラム)は、1889年に世界の取り決めとして「キログラム(kg)は、国際キログラム原器の質量」と定義されている。国際キログラム原器は、直径、高さとも約39mmの円柱形状で、白金90%、イリジウム10%の合金でできており、世界でただ一つ国際度量衡局(フランス・パリ近郊)に存在する。これを元に複製した「分銅」が各国のキログラム原器として使われている。日本国キログラム原器の質量は、約30年ごとに国際キログラム原器と比較校正されている。国際キログラム原器には二つほどの副原器があり、相互に比較して質量の変化を確認されている。

 国際キログラム原器も各国のキログラム原器も、長い日時の間には錆やゴミの付着などで極々わずかな値の変動が生じる。国際キログラム原器は、前回の測定では洗浄にともない60μg(0・00000006kg)の変動があった。現在の定義では、国際キログラム原器の質量(洗浄直後の質量値)が変化すれば、それに応じてキログラムの質量値が変わってしまうという困った状態にある。

 現在、質量を除く全てのSI基本単位の定義は、物理量によって現代的に置き換えられている。「メートルは,1秒の2億9979万2458分の1の時間に光が真空中を伝わる行程の長さである」、「秒は,セシウム133の原子の基底状態の二つの超微細構造準位の間の遷移に対応する放射の周期の91億9263万1770倍の継続時間である」などである。
 その中にあって質量の単位の定義は、「国際キログラム原器の質量に等しい」とされており、唯一人工物を基準としているため、科学的な再現性がない。そのため物理的な量として質量を定義し、それを実際に運用できること世界的に望まれていた。そうした方法の一つとして、原子の数から質量を定義する研究が進められている。高純度の高いケイ素(シリコン)の単結晶から作られた精密な球(重さ1kg程度の直径95mm程度に対して誤差10ナノメートル、すなわち1000万分の1m単位の誤差)の、大きさと密度、同位対の存在比を含めたモル質量、格子定数(結晶は繰り返し構造をもっていて、その繰り返し構造の大きさ)の三つの値を精密に計測することで、アボガドロ数を決定するというのがその方法である。
 ただし、日本のキログラム原器は1993年の測定によって100年間で7μgしか変化していなかった。国際キログラム原器の質量変動よりも日本のキログラム原器の質量変動は一桁ほど小さかったので、こうした事情を考慮しなければならない。
 シリコン球が示すアボガドロ定数からキログラムを定義する方法のほか、プランク定数を利用する方法、電気量から求める方法など、幾つかの方法が同時に研究されており、そうした方法の善し悪しや、現在の国際キログラム原器による質量の変動の差異を考慮して、再定義されることになる。国際度量衡委員会は2011年10月21日の会議において、キログラムの定義変更の検討を進めることを決議した。早い場合には3年後に変更されるが、研究の進展状況によってはもう少し時間がかかる。
 再定義に際しては、現場で理解しやすい定義とするように、国際的な合意が得られている。いずれにせよ、キログラムの定義が変わっても、現場計測における作業に変化はない。実際の工業生産の分野、商品やモノの取引、あるいは計量証明に関係する分野では、質量の実際の標準器は分銅という現物に依存することになり、これまでの質量のトレーサビリティなどに技術的あるいは制度的変動はおこらない。質量標準の供給は現在の方式によって産業需要を充足しているからである。

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