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日本計量新報の記事より 社説 2003/9−12

 

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 社説・『計量計測データバンク』と『今日の計量新報』閲覧のすすめ

  情報は人の体に宿して、あるいは紙に書かれた文書として、その他のモノの形で道路や海路を通じて運ばれた。馬車が発明され、鉄道、航空が発明されるごとに情報の伝搬速度は速くなった。電信の発達はそれをさらに早くした。インターネットは情報の伝搬を規制した道路や鉄道および航空とは違い、電信と同質のものであるが、電信に比べて情報伝達の質と量を飛躍的に増大させた。ブロードバンドと呼ばれる通信方式はこれをさらに前に推し進めるものである。

 情報の伝達量と速度に規制されながら農業社会、工業社会と社会は変化してきたが、今の時代はインターネットとコンピュータを中心にした情報社会に移行中である。インターネットは情報の伝達に革命をもたらした。

 情報通信革命(IT革命)という言葉が流行っており、流行ものは廃れるものであるが、情報通信革命によって、新しい情報社会あるいは情報化社会に移行中なのだから、これは流行のものではない。情報社会はIT革命を内に含んでいるのだからあえてそんなことを考えるまでもないものになる。その意味では流行の言葉のように聞こえるが、普通のはやり言葉とは質が違う。IT革命はインターネットとパソコンなど情報端末を利用して経済と社会に少なくとも二つの多くな変革をもたらす。一つはビジネス過程(ビジネス・プロセス)の変革であり、もう一つは新しいビジネスモデルの創出である。

 モノやサービスのつくり方も変わるし、流通も変わるし、これまでなかった新しい商売が幾つも登場する。情報通信手段である情報技術が飛躍的に発展して、産業と社会と文化に大きな影響を与える。情報があらゆる経済的価値の大きな部分を占める情報社会に移行する。インターネットの爆発的普及は流通に大きな影響を与える。流通への影響は同時に製造やサービス部門の変化をももたらす。産業と社会の全ての分野に変化が起こる。

 流通の主体がだれに属するかによって流通の形態が定まってくる。1060年代から1990年頃までは、流通の主体はメーカーに属した。それは大量生産・大量販売の時代であった。第1次流通革命と呼ばれている。1990年代は安売りが幅をきかせた。小売業が流通の主体となった時代で、第2次流通革命と呼ばれている。2000年以後は電子商取引の普及とあわせて、消費者が流通の主体を形成するようになった。最適価格・最高商品が模索される。第3次流通革命と呼ばれている。第3次流通革命よって情報はオープン方式となった。そして商品世界は世界規模で大々的な競争が展開される。

 第3次流通革命が実現するのは、消費者があくまでも主役。消費者が全てを引っ張る。情報は徹底して開かれていることが絶対的に求められる。計量計測関係事業者はこうした新しい社会経済環境に適合した事業と行動様式を選択することになる。

 日本計量新報では、新聞・図書などであつかった文章および写真等のすべてをデジタル情報に転換して、さまざまなサービスを行っている。新聞ニュースの概要は『計量計測データバンク』というホームページで無料でみることができる。『計量計測データバンク』は日本最大の計量計測データベースで、ここを訪れれば計量計測の世界の経済、企業、技術、商品などのあらゆる資料を閲覧することができる。『日本計量新報』購読者は1万円の契約料で『計量計測データバンク』のほとんどの情報にアクセスすることができる。無料ページでもかなりの資料を閲覧できるが、1万円の意味は情報確保の面で人々との差を確保するための代価である。また毎日更新される無料の『今日の計量新報ニュース』が、『計量計測データバンク』のなかに掲載されている。計量の仕事に従事する人が業務を行う上でチェックしておくと便利な有用情報である。このページだけでも新聞30ページの分量をもつ。『計量計測データバンク』の情報量の大きさと質の高さは突出しており、私たちが誇る知的インフラである。ここへのアクセスは日本計量新報、計量計測データバンク、今日の計量新報ニュースのどの言葉でも検索エンジンに書き込むだけでよい。

 以下は『今日の計量新報ニュース』2003年12月16日版に掲載されたニュースの項目である。

商業販売統計確報(平成15年10月分)(経済産業省)、鉱工業生産・出荷・在庫指数確報(平成15年10月分)(経済産業省)、機械統計確報(平成15年10月分)(経済産業省)、化学工業統計確報(平成15年10月分)(経済産業省)、鉄鋼・非鉄金属製品・金属製品統計確報(平成15年10月分)(経済産業省)、〈産総研〉第38回京都CIMLでMAA「型式評価の国際相互承認取決めの枠組」を承認、〈日銀〉短観 (12月調査全容)、〈日銀〉短観 (12月業種別計数)、対外債務統計(平成15年9月末1次推計値及び6月末2次推計値)、対外資産負債残高(平成15年9月末1次推計値及び6月末2次推計値)、〈日本計量機器工業連合会〉「新エネルギー技術/太陽電池」に係わる研究会(2004年1月27日)の開催、〈産総研〉地域中小企業支援型研究開発制度で、産総研とともに、産業技術の製品化、事業化を目指しませんか(締切2004・1・16)、公益法人に係る改革を推進するための経済産業省関係法律の整備に関する法律の施行に伴う関係政令の整備に関する政令、〈日銀〉営業毎旬報告(12月10日現在)、〈日本規格協会〉審査員登録状況(12/11現在)、〈環境省〉第8回「化学物質と環境円卓会議」の開催(2003年12月25日)、総合資源エネルギー調査会第1回省エネルギー部会(開催日H15・12・25)、低濃度PCB汚染物対策検討委員会(第1回)(開催日H15・12・26)、財務省財務総合政策研究所経済集中セミナー(2004年1月28日)、〈総務省〉「国が実施する統計調査の所在案内」を更新、平成15年度上期における対外及び対内直接投資状況(財務省)、〈日本総研〉2003〜2004年度改訂見通し、経済分析 第171号「経済分析第171号(ジャーナル版)」。


 社説・人工衛星とリモートセンシング技術(03年12月14日号)

  ロケットにはいろいろな種類のものがあり、11月29日打ち上げに失敗したH−UAロケット6号機は情報収集衛星打ち上げ用のものである。6号機が積んでいたのは光学衛星とレーダー衛星の計2基からなる情報収集衛星。北朝鮮の軍事施設なども監視の対象としていたと言われる。文部科学省によると、光学衛星とレーダー衛星の計2基からなる情報収集衛星の製作費が518億円、H−UAの打ち上げ費用が115億円。今年3月に打ち上げに成功した情報収集衛星2基の製作費は686億円、打ち上げ費は116億円の計802億円だったとしている。

 自国のロケットで打上げを行っている主な国には、アメリカとロシアを筆頭にヨーロッパ、日本、中国、インドがある。1990年代、日本は、H−UAロケットで初めて純国産大型ロケットの開発に成功し、宇宙開発先進国の仲間入りを果たした。現在は、ロケットや人工衛星の開発、地球観測、国際宇宙ステーションの開発・利用、惑星探査などを行っている。
 H−UAロケットは米国のデルタV、アトラスU−AS、中国の長征3号を、LEO(低高度地球周回軌道)打上げ能力、GTO(静止トランスファ軌道)打上げ能力ともに上回る本格的なものである。

 「文部科学省宇宙科学研究所、航空宇宙技術研究所、宇宙開発事業団(NASDA)の3機関は、平成15年10月1日に統合して独立行政法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)となり、H−UAロケット6号機はその最初の打ち上げとなったもので、宇宙航空研究開発機構は独立行政法人としては国内最大規模の組織になります。世界トップクラスの日本を代表する宇宙機関として、あらためてその役割を国内外にアピールしていくことになります。3機関はこれまで、宇宙や惑星の研究を中心に行ってきた宇宙科学研究所、次世代の航空宇宙技術の研究開発を中心に行ってきた航空宇宙技術研究所、H・−Aロケットなど大型ロケットや人工衛星、宇宙ステーションなどの開発を中心に行ってきた宇宙開発事業団とそれぞれ分野ごとに独立した組織として運営されてきました。これがひとつに統合されることにより、基礎研究から開発・利用に至るまで、ひとつの組織で一貫して行える体制が整えられることになります。国際的に見ても、欧米に比肩する機関が誕生することになり、日本の宇宙航空開発の歴史に新たなページが開かれることになります」と発足を誇らしげに語ったことに寒々しさを覚えるようになった。また「現在の主力ロケットH・−Aは、2回の試験飛行を成功させ、本格的な衛星を打ち上げる運用の段階に入りました」とも語っていたことから、この言葉が逆に作用することになりそうだ。独立行政法人宇宙航空研究開発機構の英文名称は Japan Aerospace Exploration Agency(JAXA=ジャクサ)。

 人工衛星を使って宇宙から地球などを探るリモートセンシング技術は特殊なものから一般的なものへと大きく発展してきている。地球観測衛星は「ひまわり」など気象観測衛星、「ニムバス」など大気観測衛星、「ランドサット」など地球本体の観測衛星などが打ち上げられており、今後も静止衛星その他さまざまな目的の観測衛星が打ち上げられる計画であるが、H−UAロケットが推進装置に難しさのある装置を使っているとはいえ、6号機の失敗は、今後商用衛星として発展させていくことに大きな障害となる。人工衛星を使うということはそこにどんな形かで計測が関わっている。物理学など数理的な諸科学が定量化の明確な測定技術と、数学に基づく理論構成とを、車の両輪としていることからも計測の大事さが理解できるし、実際に人工衛星を使って必要な計測を行ってさまざまな目的を達成したいものである。

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)が計画している打ち上げ計画などは次のとおり。

@平成15年度・−AロケットMTSAT-1R(運輸多目的衛星新1号機)、H・−Aロケット上段の再々着火実験、 種子島。 A平成16年度H・−AロケットALOS(陸域観測技術衛星)、 種子島。B平成16年度H−UAロケットETS・[(技術試験衛星型)、種子島。C平成17年度H・−AロケットSELENE(月周回衛星)、種子島。D平成17年度H−UAロケットWINDS(超高速インターネット衛星)、種子島。E平成17年度スペースシャトル生命科学グローブボックス、米国ケネディ宇宙センター(NASA/KSC)。F平成17年度スペースシャトルきぼう船内保管室、米国ケネディ宇宙センター(NASA/KSC)。G平成18年度スペースシャトルきぼう船内実験室(JEM与圧部)きぼうロボットアーム、米国ケネディ宇宙センター(NASA/KSC)。H平成19年度H・−AロケットHTV(宇宙ステーション補給機)技術実証機)、種子島。I平成19年度スペースシャトル生命科学実験施設(セントリフュージ)、米国ケネディ宇宙センター(NASA/KSC)。J平成19年度スペースシャトルきぼう船外実験プラットフォームきぼう船外パレット、米国ケネディ宇宙センター(NASA/KSC)。K平成19年度H・−AロケットGOSAT(温室効果ガス観測技術衛星)[開発研究]、種子島。L平成19年度検討中GPM/DPR(全球降水観測計画/二周波降水レーダー)[開発研究]検討中。


 社説・企業態度の縮み指向と夢追いとをどう評価するか(03年12月7日号)

 計量計測機器産業の生産金額の規模はどの程度か、関係する工業会などがまとめている数値は次のとおりである。@(社)日本計量機器工業連合会(計工連)=7209億9千万円(平成14年度)、平成9年度は9452億7千万円。A経済産業省生産動態統計による電気計測器の平成14年生産額は4520億円(対前年比26・3%の減少)。B(社)日本分析機器工業会=3169億6千万円(平成14年度)。C(社)日本包装機械工業会は3500億円規模(2001年度)、最近のピークは1996年の4000億円台。

 計工連がらみの計量計測機器の生産金額の大きさが目立つ。ピーク時からは20%から30%後退しての数値である。はかり産業は計工連がらみの生産金額の割合が10%程度で推移してきており、最近の数値は次のとおりである。

 @日本のはかり産業の生産ピークは1991(平成3)年の966億円。A1991(平成3)年以後は漸減が続きピーク時の70%の状態で落ち着く。一時上昇を示したが、以後下落して70%で横ばいが続く。B工業用はかりは全生産金額の47・5%(平成14年度)。生産数は0・62%。平均単価は120万円。C家庭用はかりは全生産数の81・6%に達するが、売り上げ割合は13・9%、平均単価は3,000円(平成14年度)。電子式は生産数量は対前年比85・2%、生産金額は78・8%。D電子天秤、電子台はかりも前年比80%台で後退(平成14年度)。Eはかり産業は計量機器工業連合会の中での生産割合は10%程度で推移。Fはかりの輸入平成13年度から急増。中国など海外製品の流入。輸出は減少ないし横ばい傾向。

 また関連の分野での目につく機種は、Gガソリン計量器は平成12年度が底(67億8千万円)で以後、13年度109億4千万円、14年度136億4千万円と売り上げ伸ばす。ガソリンスタンド減少の中、セルフスタンド急増で設備更新需要が起こる。国内は関係4社で市場を分け合うが競争が激しく価格面で厳しさが増しているとはメーカー関係者の声。H水道およびガスメーターは公取摘発後に販売価格が3分の1ほどになることも珍しくなく関係企業の苦しい経営が続いている。

 日本の計量器産業各業種の戦後の生産動向の推移を日本計量機器工業連合会と政府統計をもとに見ると次のような結果となる。1995年に対する1961年、1971年、1981年、1991年の生産比率である。

 全体の10%ほどの比率を維持してきているはかりについてみると、@95/61で1044%の伸び。A95/71で384%の伸び。B95/81で151%の伸び。C95/91で91・2%(マイナス8・8%)の伸び。

 全機種のなかで目立った動きをしたものは次のとおり。
@95/61で伸びた機種。a,ガスメーター=1984%。b,流量計=1519%。c,水道メーター=1076%。d,はかり1044%。e,一般長さ計(コンベックス、リールなど)=1661%。A95/61で伸びの少ない機種。a,圧力計=556%。b,試験機=793%。B95/71で伸びた機種。a,ガスメータ=440%。b,流量計=422%。c,はかり=384%。C95/71で伸びの少ない機種。a,圧力計=188%。b,一般長さ計(コンベックス、リールなど)=256%。c,ガソリン計量器=256%。d,試験機=271%。e,水道メーター=286%。C95/81では伸びが小さくなる。a,はかりは151%。b,ガソリン計量器は285%。c、試験機は71%。d、圧力計は81%。I95/91では水道メーター(=110%)を除いてみな縮小。デフレ経済下で各機種とも生産金額を伸ばすことができないでいることが数字に現れている。

デフレ経済で計量計測機器全般が20%程度の生産落ち込みをした後一時持ち直したものの10年に及ぶ低迷をつづけている中で、売り上げを伸ばしている企業がある。それは関係業種の一位企業に多く、電子技術、コンピュータ技術と関連付けて新しい概念の計量計測機器ならびに関係技術(コンピュータソフトウエアを含む)の開発をし、新しい需要をつかんでいる。

 売り上げ増強の一つの方法は、自社関連の商品供給経路から計量器以外の商品を含む顧客のニーズをつかんで新商品を開発することである。異色の事業分野とも思えるエコロジー関連、殺菌脱臭と洗浄関連、クリーニング関連事業を開拓して業績に結びつけている事例がある。また、事業構想を打ち立てそれを実行に移して1年ほどで結果を出すスピード経営という手法も用いられるようになった。変化の早い時代にスピードで負けない経営手法である。また、自社と計量計測機器業界の体質を保守性と内部指向ととらえ、これを否定し、今後は外部指向と積極性を全面的に推し進める構想を打ち立てている企業がある。計量技術の製品への単純な応用から、計量技術を核として様々な技術と組み合わせた複合技術を用いて顧客が要求するシステム機器を開発する方向で動き出している企業がある。

 企業の中には市場の縮小にともなう売り上げの縮小に対して、つねに収支均衡をはかる措置を講ずるところもある。20%売り上げが減ったならば20%の経費を削減して収支の均衡をはかる。その実行は1年遅れ、あるいは2年遅れということであることが多いが。一方では売り上げの伸びに対して過剰とも思える開発投資をつづける企業もある。見通しが十分にあったとしても開発した新商品が売れるようになるためのタイムラグを考えると危険な賭ともいえるが、結果良ければすべてよしということになる。

 安全策から徹底した縮み指向をとる企業、無謀とも思える夢追い企業とを両極に見たてると、関連企業がどのような態度で未来に対する企業経営の舵をとるか、その判断は自社の諸能力判断してのことになるであろう。


 社説・ピンチは変身のチャンスであり成長のきっかけ(03年11月30日号)

 日本の計量制度のメートル法専用制採用は今日の世界経済の状態を見るときそれが素晴らしい選択であったことを知る。英国、米国が今なお生活分野にヤードポンド法を残したままでいられるのは、両大国が特別な国であるからで、もしも日本が尺貫法を用いていたならば今の日本の経済はなかった。

 計量単位の不合理をなくし1量1単位を基本とするメートル法を提案したのは革命直後のフランスであった。この理想は国際単位系(SI)として今日につづいており、メートル条約や国際法定計量機関(OIML)の活動などにその理念が受け継がれている。革命政府の理想主義は国内に対する政治威信を高める役目を果たすことになるが、国際的にこれを採用せよという訴えは国際間の政治的関係から米国と英国はその威信にかけてメートル法の採用には至らず、今日世界がメートル法専用制になっていないことにつながっている。メートル条約に関しては米英ともその創立期からメートル法を採用しないにもかかわらず加入し、国際度量衡委員会(CIPM)では重要な働きをしてきている。

 日本の国際度量衡委員会との関わりは同委員会の常置委員に欠員が一人あり、東洋からこの委員にふさわしい人を推薦してくれと、時の常置委員長フェルスターが明治39年に測地学会総会に出席のため欧州に渡っていた木村栄に要請したことに始まる。木村から推薦されたのが田中舘愛橘(1856・1952)で、翌明治40年にフェルスターから、全会一致で常置委員にえらばれた、ついては本年に開かれる国際度量衡総会出席するように、という通知が届く。田中は度量衡の所管の農商務省からも文部省からも出張旅費がでないので自費ででも出かける決心でいたところ東大総長濱尾新の尽力により、農商務省から度量衡のことを嘱託する、逓信省からは電気単位に関する調査を嘱託するという辞令が出て、これをもとに方々からお金を集めて国際度量衡総会に参列することになる。なおこのとき日本政府代表として出席したのは橘川司亮であった。

 この当時の日本の度量衡の状態は、陸軍、医学、電気工学、理化学などのメートル系の単位と、海軍、造船、機械、土木、貿易などに使用している英国のヤードポンド系の単位に加えて、正確にその由来を明らかにすることができない尺貫法など在来の多種多様な単位が混在していた。このような状態をよしとする科学者はいるはずがない。まして田中舘愛橘が学んだ東大理学部の教授陣は、物理学が山川健次郎、数学が菊池大麓の日本人の他に、外国人教授として機械工学の英国人ユーイングと物理学の米国人メンデンホールがいた。ユーイングはメートル法推進論者ケルビンの教えを受けており、メンデンホールは米国にメートル法を創定したほどの熱心なメートル法推進者であったから、田中舘愛橘がこの影響を受けない訳がない。その後、田中舘はケルビンとも親交を結ぶようになる。田中舘の洋行は明治31年から昭和10年までの38年間に20回。出席した会議の総数は68回である。

 田中舘愛橘は国際度量衡委員会常置委員として人の仲の取り持ちなどもするなど活躍をするが、それは弟子たちの証言によると天衣無縫な人徳によるものであり、また学徳兼備にして清廉なる人格に由来するところが大きい。昭和6年に長岡半太郎を推薦してこの職を辞任する。田中舘の生家は南部藩支藩の兵法師範であった。田中舘のドイツ語も英語もフランス語も淀みないもので、相手によく通じはしたが弟子たちがその文法の無頓着ぶりを揶揄すると「先方に何か言われたときに返答をしなければ殺されると思うたら、文法などに構って居られるか」と答えている。少年時代からの教育が何事も真剣勝負でやれということであったからであろう。東大予備門の開成学校に入学したときも落第しては大変だと無闇に勉強して、その結果30人ほどの学級で一番の成績をとっている。これを武士道と結びつけるには飛躍があるが、同じ南部藩の新渡戸稲造が武士道を解説しているから、武士道と縁が深いと判断したくなる。

 学問の未分化の時代に物理学を学び、そのなかから重力、地磁気、地震、測地、度量衡、航空の分野で大きな業績を残した田中舘の学識は鍛錬切磋のすえに身に付いたものである。学問が専門化した現代においては田中舘のような人物は排出しにくい状態にあるが、学を磨く姿勢に学ばねばならないし、また徳を納める修養もせめて真似事だけでもしたらよいであろう。


 社説・田中館愛嬌と日本のメートル法(03年11月23日号)

 日本の計量制度のメートル法専用制採用は今日の世界経済の状態を見るときそれが素晴らしい選択であったことを知る。英国、米国が今なお生活分野にヤードポンド法を残したままでいられるのは、両大国が特別な国であるからで、もしも日本が尺貫法を用いていたならば今の日本の経済はなかった。

 計量単位の不合理をなくし1量1単位を基本とするメートル法を提案したのは革命直後のフランスであった。この理想は国際単位系(SI)として今日につづいており、メートル条約や国際法定計量機関(OIML)の活動などにその理念が受け継がれている。革命政府の理想主義は国内に対する政治威信を高める役目を果たすことになるが、国際的にこれを採用せよという訴えは国際間の政治的関係から米国と英国はその威信にかけてメートル法の採用には至らず、今日世界がメートル法専用制になっていないことにつながっている。メートル条約に関しては米英ともその創立期からメートル法を採用しないにもかかわらず加入し、国際度量衡委員会(CIPM)では重要な働きをしてきている。

 日本の国際度量衡委員会との関わりは同委員会の常置委員に欠員が一人あり、東洋からこの委員にふさわしい人を推薦してくれと、時の常置委員長フェルスターが明治39年に測地学会総会に出席のため欧州に渡っていた木村栄に要請したことに始まる。木村から推薦されたのが田中舘愛橘(1856・1952)で、翌明治40年にフェルスターから、全会一致で常置委員にえらばれた、ついては本年に開かれる国際度量衡総会出席するように、という通知が届く。田中は度量衡の所管の農商務省からも文部省からも出張旅費がでないので自費ででも出かける決心でいたところ東大総長濱尾新の尽力により、農商務省から度量衡のことを嘱託する、逓信省からは電気単位に関する調査を嘱託するという辞令が出て、これをもとに方々からお金を集めて国際度量衡総会に参列することになる。なおこのとき日本政府代表として出席したのは橘川司亮であった。

 この当時の日本の度量衡の状態は、陸軍、医学、電気工学、理化学などのメートル系の単位と、海軍、造船、機械、土木、貿易などに使用している英国のヤードポンド系の単位に加えて、正確にその由来を明らかにすることができない尺貫法など在来の多種多様な単位が混在していた。このような状態をよしとする科学者はいるはずがない。まして田中舘愛橘が学んだ東大理学部の教授陣は、物理学が山川健次郎、数学が菊池大麓の日本人の他に、外国人教授として機械工学の英国人ユーイングと物理学の米国人メンデンホールがいた。ユーイングはメートル法推進論者ケルビンの教えを受けており、メンデンホールは米国にメートル法を創定したほどの熱心なメートル法推進者であったから、田中舘愛橘がこの影響を受けない訳がない。その後、田中舘はケルビンとも親交を結ぶようになる。田中舘の洋行は明治31年から昭和10年までの38年間に20回。出席した会議の総数は68回である。

 田中舘愛橘は国際度量衡委員会常置委員として人の仲の取り持ちなどもするなど活躍をするが、それは弟子たちの証言によると天衣無縫な人徳によるものであり、また学徳兼備にして清廉なる人格に由来するところが大きい。昭和6年に長岡半太郎を推薦してこの職を辞任する。田中舘の生家は南部藩支藩の兵法師範であった。田中舘のドイツ語も英語もフランス語も淀みないもので、相手によく通じはしたが弟子たちがその文法の無頓着ぶりを揶揄すると「先方に何か言われたときに返答をしなければ殺されると思うたら、文法などに構って居られるか」と答えている。少年時代からの教育が何事も真剣勝負でやれということであったからであろう。東大予備門の開成学校に入学したときも落第しては大変だと無闇に勉強して、その結果30人ほどの学級で一番の成績をとっている。これを武士道と結びつけるには飛躍があるが、同じ南部藩の新渡戸稲造が武士道を解説しているから、武士道と縁が深いと判断したくなる。

 学問の未分化の時代に物理学を学び、そのなかから重力、地磁気、地震、測地、度量衡、航空の分野で大きな業績を残した田中舘の学識は鍛錬切磋のすえに身に付いたものである。学問が専門化した現代においては田中舘のような人物は排出しにくい状態にあるが、学を磨く姿勢に学ばねばならないし、また徳を納める修養もせめて真似事だけでもしたらよいであろう。


 社説・コンピューターの発達と情報化としての計測(03年11月9日号)

 計測した値をデジタル変換すると便利なことが多く、コンピュータでデータを演算処理する不可欠の条件である。はかりをはじめ計測器のデジタル表示は当たり前になっているが、デジタル表示の始まりは苦難に満ちたものであった。はかりのデジタル表示はバネの変異を回転するスリットを通過する光を光電管で受光して行うものであった。得られたデジタルの数値を演算処理して質量と関連付けられた料金として表示するデジタル料金はかりが発明され、普及した。現在のデジタル料金はかりと各種の電子はかりの8割以上はストレーンゲージ式のロードセルを用いるようになっており、得られた数値(場合によっては複合数値)の演算とその応用によって様々な目的のはかりが普及している。

 計測機器のデジタル表示と計測値の演算処理によるその応用の妙は、基本的にマイクロプロセッサーなどコンピュータの働きに依拠したものであった。コンピュータ能力の進展速度は半導体の微細化技術と連動する。米国の半導体メーカー、インテルはシリコン技術の延長で今後10年間は半導体を一層微細化できることをこのほど発表した。同社は今年度中に半導体全製品の加工寸法を100ナノメートルに移行する。これまでの技術予測では100ナノメートル以下に移行するには新技術が必要とされていたが、既存技術の延長で今後10年間は半導体の微細化に限界がくることがないことをインテルの技術戦略部長のP・ガージーニ博士が明かした。技術的限界は半導体素子の大きさの指標であるゲート長が2ナノメートルになるときに現れるとされる。その大きさになると電圧をかけなくても電流が流れる現象が起きる。限界に達する時期は2015年ごろになる見通しである。この壁を突破する新しい技術が模索されている。
 インテルの創立者の一人であるゴードン・ムーア博士はコンピュータ(半導体)チップの性能向上は指数関数的に増大することを予言した。ムーア博士は1960年代前半の3年間にコンピュータチップの価格性能比の推移をもとに、1965年にコンピュータチップの性能が毎年倍々で成長すると述べた。博士自身はそれほど自信があって述べたのではなかったが、予言から10年後には予言通りのことが起こっていた。性能向上は18カ月に2倍になると訂正したが、この予言は現在も生きており「ムーアの法則」と言われる。ビル・ゲイツは1995年に「ムーアの法則は、あと20年間は持ちこたえる可能性が高い。もしそうなれば、20年後には、現在まる1日かかっている計算が、1万倍以上の高速化により10秒以内で完了するようになる」と述べた。コンピュータ技術の発達は1995年時点で、20年前に1000万ドルだったIBMのコンピュータと同じ性能のものが2000ドルで買うことができるようになっていた。
 ムーアの法則と同じ現象が、通信技術がデジタル化されることによって起こることを今度はビル・ゲイツが予測した。テレビ電話は望めばすぐにも実現する状態であり、オンラインニュースサービスも技術分野など専門分野でも実現することになる。このようなことが大きく進展した情報ハイウェイでは経済と産業に関わるすべてのものが運ばれる。経済と産業に占める情報のもつ価値はいま以上に大きくなり、情報がモノ以上に大きな意味と価値をもつからである。

 計量計測機器産業分野はコンピュータの発達と歩調をとって発展してきた経緯があるから、今後も同じ歩みをすることになると予測してよい。そして21世紀の社会はすべてのモノが情報化され、情報そのものが大きな価値をもつ社会である。計測して得られた数値は情報であり、数値を目的にあわせて加工して別の現象を意味付ける数値を出すことも情報である。こうした情報をどのようにしてつくりだしていくのか、そしてそうした情報がさまざまに運ばれ、さまざまな、また多くの人々が多面的に利用する社会が計測の情報化社会である。
 いずれにしてもコンピュータの能力は今後10年間はいままでの速度で進歩するから、計量計測関係の事業者はこの前提に立って未来を見据えていくことになる。


 社説・ガソリン計量器産業の再復興に学ぶ(03年11月2日号)

  自動車産業は成熟したように見えながら新しい商品の開発を継続することを通じて基幹産業の地位をしぶとく維持している。現代の交通と輸送・物流の仕組みが自動車に非常に大きく依存しているからである。かつての基幹産業であった繊維、石炭、製鉄はその座を他に明け渡しており、現代の日本は雇用の60%以上を第三次産業が担うようになった。産業にこうした変化が起こるのは技術開発がその背景で作用しているからだ。

 世界と日本の産業と経済が今後どのように変化し進展していくかを知っておくことは大事であり、それを解く鍵の1つは「情報化社会」という言葉である。下世話に言えばコンピュータ、パソコンということになるが、これは情報化社会の背景をなす技術的要素ということになる。日本のある銀行は若者世代を対象に新規契約者に通帳を発行しないことをこのほど発表した。携帯電話が簡単なコンピュータの機能を持つようになっていることなどもあり、大胆な計画のように思えるが社会はそのような情況になっている。

 このような時代・社会状況の下にあって日本には農業、漁業など第一次産業、製造業などの第二次産業、サービスなどの第三次産業があり、それぞれに経済に対する比率・割合に変化が起きることは当然としても、新しい社会に必要な存在となるための対応をしている。

 計量機器産業も例外ではない。計量機器産業は機種ごとに製造事業者が細かに別れていることが多く、総合計量器企業というのはない。解釈の違いを考慮して、あったとしても希少である。機種に依存する計量機器産業内の業種としてみると現在の置かれている状態は多様である。これから大きく需要が広がるもの、絶頂期にあるもの、成熟状態を維持しているもの、成熟から下降期に移っているもの、完全に下降期にあるもの、需要が著しく減少して産業として成り立つ要素がなくなっているもの、などに分類されそれぞれの情況に置かれている企業がある。機種別にみた業種情況を1つの企業内で抱えていれば、悪い分野は切り捨て、良い分野を伸ばすようにすれば良いことになる。悪い分野だけで商売している企業は、良い分野に転身しなけらばならないということになる。

 ガソリン計量器産業は、日本のモータリゼーションの進展と歩調をあわせて成長してきた。その中身は新規需要と保守サービス需要とのうまい混合であった。この10年ほどのガソリンスタンドの閉鎖傾向で苦戦をしていたものが、セルフサービスのスタンドの建設ラッシュによって過去最高の製造・販売高を記録することとなった。悪い時期に必死の努力で耐え抜いた企業の努力が、より安い価格でのガソリン販売というスタンド間の競争の切り札として生まれたセルフスタンドの出現によって報われたのである。セルフスタンド出現の背景には、安全な自動給油方式の開発などガソリン計量器製造会社の技術開発があったのであり、果報を寝て待っていたのではない。

 計量機器産業も一般的な計量器は途上国の追い上げに起因する低価格化の進展がつづいている。規格品を自分が決めた好きな値段で大量に売れば大きな利益を生むことができる。しかしその商品を製造する技術が一般化すると他社との価格競争が激しくなるのと市場の飽和感が出てくるため利益を生みにくくなる。日本の電子はかりや電子天びん市場などにそのような現象が顕著に出現した。

 苦しい情況下にあって技術をたゆまずに練って待って果報をつかんだガソリン計量器製造企業の事例は、他の計量器部門の企業を勇気づける。計量器は他の産業との連動で需要を伸ばすものであり、また現場的需要を商品化することによって一般産業を大きく育てる作用もする。求められる計量器を開発するための技術的要素は物理分野、化学分野、その他さまざまな分野に山ほどある。計測自動制御学会などで発表される研究成果にはそうした要素が盛り沢山であり、20年前、30年前の研究成果を調べてみると、それが現代の計量機器産業で商品に取り込まれている事例を数多く確認することができる。


 社説・計量に大志をいだけ(03年10月26日号)

   「ISOを維持するぞ」という手書きのポスターを事業所に掲出していたのが、ある大手運送会社であった。維持することが難しいからというより、認証された品質マネジメントに関する国際規格であるISO9000シリーズの内容を厳守するぞ、という意味として理解する。そうした意識を全従業員が保持することで結果として顧客の満足を充足し、企業の信用を確保し利益につなげようということであろう。

 ISOの品質保証に関する規格や環境保全に関する規格の認証の取得は、企業の信用力の格付けの1つとして社会的に受け入れられているのが現状である。かつてのTQC、つまり総合的品質管理に関する運動が、それを国際規格として定めたといってよいISO9000シリーズなどの認証取得とその維持・運転として置き換えられている。「ISOを維持するぞ」という言葉は、「TQCを推進するぞ」という意味として聞き取ればよいことになる。それにしてもTQCという言葉は古くさくなったし、この言葉を知らない世代が増えている。

 品質マネジメントに関する国際規格では、その根幹に関することとして計量の正確確保を計量と計量器のトレーサビリティに関連づけて規定しているが、これは計量管理のことである。企業および各種の事業所運営に関連して、必要な計量の設計をしてそれを実施する過程で求められる正確さを確保することが計量管理であり、このことはISOの品質マネジメントと表裏一体のものである。計量管理そのものがISOのそれの神髄といってよい。日本の計量の世界の人々が、アメリカの品質管理に学んで、その品質管理の根底にある計量管理という思想とテクノロジーに価値を見いだし、その思想とテクノロジーを発展させてきたことは技術史的にみても評価されるものである。そうした計量管理の思想と技術を今日的な視点で洗い直して、現代の人々に受け入れられるように説明する必要がある。

 維持することに大きな価値があるISOの9000シリーズ、およびISOの14000その他関連規格に関して、その根幹をなす計量のトレーサビリティおよび計量管理の実際をこちらの世界で文章にして、規格にする必要がある。計量管理に関わる技術者と管理者はその企業ならびに事業所に必要な計量のトレーサビリティと計量管理の内容を社内規格として策定して大きな成果をあげている。そうした個別の技術と管理の実績を集積して、計量管理の側からISOの関連する全ての分野に計量管理を働きかけていけるはずである。

 戦後、日本の経済復興と国民の福祉と文化向上のための方策の1つとして「計量管理」を考え出し 、普及させた人々の情熱と労苦を思い起こすことは、現代の計量の世界に身を置き働く者の背中を後押しすることにつながる。現代のこの世界の人々よ、「計量に大志をいだけ」ということになる。それは「計量管理に大志をいだけ」ということでもある。ISOの規格戦略の企画の成功は、かつて計量管理に関する規格戦略に成功した計量に大志をいだいた、人々の情熱を思い起こさせるものである。



社説・計量の未来を見るための準備(03年10月19日号)

   北朝鮮政府の手によって拉致された日本人がいたことを知ったのは昨年のことであった。オウムの犯罪を知ったのも事態がかなり深刻になってからのことであった。金大中氏はKCIAによってホテル・グランドパレスから韓国に連れ去られた。すべて想像を絶することであるが、その想像とは社会の規定概念に意識がとらわれることによって起こることである。またこうした犯罪が起こることの原因の一つは日本国政府のいい加減さと警察のだらしなさによるものである。日本の社会を抽象的に描き出し国民に規定概念を植え付けてしまう日本の社会にも問題があり、その関係ではマスコミの責任の重さは小さくない。

 規定概念に立脚して物事を考えることの恐さはバブル期の日本人の行動とその結果をみればよく分かる。日本人の思考様式が規定概念にとらわれすぎるようになっているのは、知識・情報の流通がテレビを中心にした片道通行にあるからである。テレビのニュース番組の時間は限られており、ニュース番組は同じ内容のものを繰り返すから、国民に伝わる知識・情報はほんのわずかになってしまう。テレビ番組だけに頼って社会の動きを知ろうとする恐さである。国政の場に身を置く衆参両議員にしても結局は特別な情報をもっていないことをはからずも白状する場になるのが、与野党議員の国会質問におけるデータの示し方で、「新聞によれば」あるいは「週刊誌によれば」という言い方である。

 現代人は知らねばならないことが多過ぎる。これに対してテレビのニュース・知識情報番組の時間は足りな過ぎる。国の場合にも地方公共団体の場合にも本当に大事なことを知らないという想像を絶する事態が現代の社会では起こっている。怖い怖い、危ない社会である。国の危機管理能力が当てにならないのは阪神大震災に象徴されるが、北朝鮮の拉致犯罪でも同じである。北朝鮮詣でした日本の各政党の国会議員は実際のところ北朝鮮の拉致犯罪を知らなかったようであり、北朝鮮を訪問しても拉致のことには一切触れなかったことを拉致被害者の蘇我ひとみさんが語っている。

 このことは翻って日本の計量行政と関連する世界の動きに関しても当てはまるのではないか。いきなりの黒船という事態のないように足下と未来がよく見えるように調査を怠らないことであり、準備も十分にしておかなくてはならない。計量行政に関する情報の出方が散発的であることから、事態の把握に難儀をしている人が多いようである。こうした部署に関係している人々は意識を変えなくてはならない。


社説・企業に求められる自己研鑽と自己改革(03年10月12日号)

  いまの日本の計量器産業の喫緊の課題は何か、というと需要を増大する施策を中心にした事業継続の道を切り拓くことであろう。安泰と思われていた銀行とゼネコンや総合商社にはすでに大きな危機が押し寄せ、放っておけば明日がない状態であったところを政治がこれを救った。

 計量器産業は生産規模からみたら人間の神経系統の大きさしかないことであろうから、小さなものであり、それ自体は産業的に占める規模は小さいが、それが果たしている役割は神経そのものであるといってよい。人間の頭脳に当たるものがコンピュータなのか、社会と産業が培ってきた知恵の総和なのか区別しがたいものの、脱工業化と情報化社会の進展の中で頭脳と知恵が果たす役割は大きくなる。計量器は神経の役割もするが、モノの識別に関わってセンサーの役割もするものである。計量器応用を限りなく進めていくとセンサーや神経の役割を超えて、頭脳の領域に足を踏み入れることもある。

 こうした計量器応用の商品は生産分野、医療・健康機器分野で各種のものが開発されており、いま元気な企業は何らかの形で、この時代だから登場可能になった商品を販売している。企業であれば人がよろこんで買い求める商品を開発したり見つけたりして売ればいい。商売で成功しようとするのなら古い市場に後から参加するのでは駄目である。技術と社会の変化の結果、うまれてくる新しい商品需要や商売の方法を見つけて、自分の経験と知恵を最大限に発揮して新しい社会に向え入れられるようにならなくてはならない。

 状況が悪いときにあせってジタバタするのは得策ではないにしても、果報を十分に練って待つことだけは怠ってはならない。このことは個人にも企業にも共通することであり、個人も自己啓発に努める時代である。40歳、50歳のベテランがそれに相応しい知恵や経験や知識を持っているかとなると、その大半は否という評価を下されることになるであろう。日本社会は中高年受難の時代に突入しているが、それは同時に自己改革と自己研鑽能力のない企業にもいえることである。

 計量器産業に関わる企業がピンチになっても役所は救ってくれた試しがないし、救う気持ちもないようだから、ふんどしを締めてどんとガンバロウというのが、意気込みのある経営者の見栄を切った発言である。


社説・時間計測の産業的応用とその成果(03年10月5日号)

  時間をはかる。原子時計は2000万年に1秒もくるわない正確さで時間をはかることができるようになっており、日本の(独)産業技術総合研究所計測標準研究部門(NMIJ)はこれを実現するための原子時計「原子泉方式一次周波数標準機(JF−1)」を稼働させている。この時計は2000万年の間に1秒以下しかくるいがでない。

 人類ははじめから時間がわかっていたのではない。時間を発見するまでに相当の時の経過を要したし、時間と時刻の認識を得るのにも思考を働かせなくてはならなかった。人類の計測の一番古い痕跡は、動物の骨に刻まれた月の運行の印である。これにより文字をもたない古代の人々は月の満ち欠けの周期性を認識していたことがわかる。おそらくこの時代の人々は月の満ち欠けから1月を知り、太陽の運動から1年を知っていたことであろう。月と太陽と星座の運行の周期性と反復性は人類に宗教や哲学における輪廻という考えをもたらした。

 プラトン、アリストテレス、ピタゴラス、ヘラクレイトスの哲学にこのような時間観が折り込まれている。時間の始まりは宇宙創生のときであり、ビッグバンがスタートである。したがって光さえ出さないブラックホールでは時間は止まっており、宇宙消滅によって時間はなくなる。

 時間や歴史という観念は、人間にとってはじめから備わっているものではなく、言語とあわせて文化として学習の過程を通じてもつことができるものである。ごく幼い子供は未来には考えが及ばない。現在に生きているだけで、過去もすぐ忘れる。大脳生理学は左脳と右脳の機能を区別している。左脳は言語を司り、右脳は認識と関わりをもつ。左脳は論理や理性、右脳は芸術的なよろこびと関係する。左脳は科学者、右脳は芸術家である。時間は左脳によって感覚され、右脳は時間感覚を全然もっていない。人間が時間と呼んでいるのは、心理的な観念であり、しかも左脳がつくりだす観念なのである。これは人間の文化と関係する。アメリカイディアンのある部族は、現在、過去、未来を区別する言葉をもたない。ここにおける時間の言語はすべて現在形である。

 人類が時間を正確に計測できるようになると地球と太陽の運行の周期性のゆらぎを知るようになった。したがって太陽の運行に頼って時を定めることが不都合なので、世界協定時をつくって時間をあわせるようになった。正確さを求める時計の歴史は、棒テンプ時計、振り子式時計とその改良、水晶時計、セシウム時計とその改良という形で進んできた。

 時間計測にかかわる最近の産業的成果は自動車に取り付けられたナビゲーションシステムである。人工衛星を介しての現在位置読みとり装置と同じ原理によって自然災害を予知するための地形の変形把握のシステムが稼働している。


社説・時間標準の正確さ向上が意味するもの(03年9月28日号)

 時間標準は2000万年に1秒の正確さを実現するに至っている。この精度はフランス、アメリカ、ドイツがすでに実現しており、このほど日本の<MG CHAR=">?","独" SIZE=70.0>産業技術総合研究所計測標準研究部門(NMIJ)が、「原子泉方式一次周波数標準機(JF・1)」と名付けられた原子時計によってこの正確さを実現している。この原子時計の主な役割は、世界中の標準時の大元となる協定世界時(UTC)の進み方を監視するというものであるが、この他にも幅広い応用が期待される。

 秒の定義はセシウム原子が放出・吸収する電磁波の周波数を基にしており、この周波数を計測するため、これまでは、熱したセシウム原子をマイクロ波と相互作用させていた。「JF・1」では「原子泉方式」を採用しており、ここではセシウム原子を絶対零度近くまで冷却し、運動量が小さい状態でマイクロ波と相互作用させ、セシウム原子とマイクロ波の相互作用時間を長くとれることにより、測定の分解能を向上させている。この方式はドップラー効果や相対論的影響が小さいため、従来方式に比べ1桁以上の正確さを向上させている。これにより秒の定義をより正確に実現できる。

 原子泉方式による一次周波数標準器の運用には、レーザー冷却技術を応用した原子操作と、それを可能にする超高真空技術が不可欠であり、NMIJではこの二つの技術を開発している。これとあわせて必要となるレーザー光源やマイクロ波発生装置を制御し、実用標準器として運用する際に必要な制御装置のハードウエアとソフトウエアの双方をも開発した。こうした技術を総動員することによって、秒の定義であるセシウム原子の遷移周波数に同調させることに成功した。またマイクロ波と相互作用する領域の磁場の様子や原子の密度・運動状態などの調査も行われ、同器の正確さ、マイクロ波の周波数の秒の定義からのずれが2000万年に1秒以下であることが確かめられている。

 原子泉方式一次周波数標準機(JF・1)による時間計測の主たる利用分野は協定世界時の進み方の監視である。JF・1は正確な時間周波数源であることから、科学技術の基礎研究、衛星を使った測位技術の向上、基礎物理定数の精密測定、相対性理論や量子力学の検証、また重力波の検出などへの応用が期待される。

 時間標準はセシウム原子の周波数測定によって実現し、また長さの標準は光の速度によって定義されているものの、その実現はヘリウム・ネオンレーザーの周波数測定によって行われる。時間標準と長さ標準実現は周波数測定ということで隣り合わせの関係にあり、日本の時間標準がJF・1の開発によって1桁向上したことは大きな技術発展の一つといえる。時間標準の成果を追いかけて長さほか各種の標準の正確さが向上することに期待をかけたい。


社説・企業生き残りの方法を考える(03年9月21日号)

  計量器産業の概念をどのように規定するかでその範囲が変わってくるが、電気計測機器、精密測定器、理化学機器などを含めて考えた場合でも全体としては生産規模を減らす傾向にあり、デフレ経済の影響のまっただ中にある。分析機器分野は生産額が一年ごとに伸びたり縮んだりの繰り返しを続けているものの、今なお右肩上がりの様相を示しているのは環境の時代を反映しているものと思われる。ガソリンスタンドの廃業の多発の影響を受けていたガソリン計量器は、セルフスタンドへの切り替え需要が上手く作用して、過去最大の生産規模に達しようとしている。ガソリン計量器産業はスタンドの縮小で苦しい時代を経験していたが、ここにきて良い風が吹き出したので一息ついているところであろう。

 計量器産業は一企業が扱う機種には自ずと制限があり、その機種ごとに将来展望が異なる。どの機種分野も一度や二度は需要後退の大きな波に見舞われており、これを凌いで生き残ってきたものであるが、デフレ経済下の生き残りは旧来の方法とは違うようであり、企業それぞれに戦略を立てている。

生き残りの方法を考えるといっても一般的には選択の方法は多くはない。@旧来製造してきた機種をコストを下げて製造し販売すること、A性能を向上した新製品を開発して売り上げを維持するか伸ばすこと、B売り上げ予定額に見合った企業規模に縮小すること、C保有技術を応用したりして、既存分野以外の商品を開発して、企業としての売り上げを維持するか、伸ばすこと、D既存分野を諦めて新しい分野に活路を求めるための業種転換をすること、E製造方法はそのままでも旧来行ってこなかった販売方法を利用したり、旧来販売してこなかった分野に販売すること、F製造をやめて販売の専業に切り替える、G販売の専業事業であれば、製造分野の事業を拡大すること、H販売専業事業であれば、取扱商品の拡張を含む見直し、Iその他、などである。

 市場は常に変化するものであり、いまの時代はその変化が特別に激しく、その背景には新しい情報ツールなどを保有した顧客の要求の変化がある。顧客要求の変化は社会背景、社会事情と深く結びついているものであり、日産自動車がよみがえって、百貨店が売上げ減少に苦しんでいるのは、計量器産業にとって学ぶべき良き対象である。

 沈んだ日はまた昇るのであるが、日が昇って来るまで生きていなければならないから、人も企業も死にものぐるいである。銀行の店舗が街から消えかけている変化を、自分の領域の変化の前兆として考えておくと覚悟は決まってくる。


社説・情報民主主義と現代産業の発達(03年9月14日号)

 文明には物質としての金属が大きく関わり、青銅の時代があり、鉄の時代があって、その生産量がその国の国力を現していた。鉄などの物質とは違うエネルギーが重要と認識されるようになったのは200年ほど前のことである。蒸気機関の発明は産業革命のきっかけになった。エネルギーを中心とした時代の目で現代を見るとその状態が余りよく見えない。鉄などの物質という概念、そしてエネルギーという概念に、情報説く概念を加えないと現代という社会は理解できない。現代では机の前で仕事をしている人が全労働人口の半分以上になっている。会計も情報であり、商品を開発するのにも情報が決定的に重要な役割をもっている。現代の人々がわずらう、そのほとんどのものは情報であるといっていい。知識も技術もその実体は情報であり、頭脳のすぐれた人というのは情報処理機能の高い人ということができる。人が知らない知識、人ができない精密な情報処理能力を有する人は他の人より大きな収入を得ることができる。

 現代の重要な社会基盤(インフラ)は情報を運ぶためのものであるといっていい。情報を運ぶための社会設備が整備されていない国は、それに勝る国に比べたら産業の内容に制約を受け、情報化社会のもとで国際競争では弱い立場になる。朝鮮民主主義共和国こと北朝鮮は、鉄の生産でも駄目、エネルギーの生産でも駄目、情報のための社会基盤の整備の状態でも駄目の駄目駄目づくしの国といっていい。

 情報化社会というのは民主主義社会の上にのみ成立するものであり、民主主義社会では情報を接し入手する自由がなくてはならない。それはまた情報を発する自由でもある。情報の非開示、隠匿は一時的にはその組織を維持するために機能するかも知れないが、本質的には組織を死へと向かわせる行為である。日本の社会が反映しているのは情報の開示と入手のための情報民主主義が発達していたためであることは、北朝鮮に象徴される情報民主主義のない国と比較すれば明瞭になる。

 会社経営にしても商品開発にしても営業促進にしても情報のもつ意味と価値は決定的に大きいことであるから、組織に関係した者であれば情報の伝達と収集そして処理に関する能力を大いに高めなくてはならない。見ざる、言わざる、聞かざるは人といざこざを起こさないで生きているために役立つことではあるが、情報化社会では見て、聞いて、言ってを徹底しなくてはならない。見たことも言わない、聞いたことも言わない、何にも言わない人は現代の産業社会から外れて生きている人にだけに許される自由である。


社説・需要を掘り起こす計測技術の開発(03年9月7日号)

  人類が自然と宇宙を、観察・実験・測定などの科学的方法を通じて獲得した知識体系が科学である。こうした知識体系は、ユークリッド幾何学からニュートン力学、アインシュタインの相対性理論、さらにコンピュータを使った情報処理理論に至るあらゆる理論や法則が含まれる。科学という言葉は英語ではサイエンスということであり、サイエンスはラテン語で知識を意味する言葉に端を発している。科学は知識であり、科学には計測がつきものであり、知識も計測なしには成立し得ない、というと計測を扱う者の我田引水と思われかねないが、間違いない事実である。技術は科学とくっつけて科学技術とよく言われる。技術は英語ではテクノロジーであり、語源はギリシア語のテクネーとされる。テクネーを古代ローマ人が翻訳し、ラテン語のアルスになり、その後アートにまで転化した。テクノロジーの語源は、手仕事による技芸と、思考を形にする芸術との融合をめざす、古代ギリシャ以来の人間の実用と美への思考が込められている。計量あるいは計測は人類の知識体系の基盤をなすものであり、それ自体が科学であり、またテクノロジーとしての計量と計測がなくては科学は成立しない。

 大きなものの計測ということになると人類の宇宙像の把握がある。いつの時代でも宇宙像はその時代の文明を反映しており、それは科学と技術の頂点にある。現代の宇宙像は精密な観測と実験を基礎にして、これに人間のすぐれた洞察による厳密な理論と複雑な計算の結果から導かれている。すぐれた天体望遠鏡は宇宙が創生のころの状態を眺めることができるようになっており、この代表がハワイのマウナケア山頂付近に設置されているすばる望遠鏡である。すばる望遠鏡は宇宙開闢間もないころのすなわち150億光年彼方の様子を観測できる能力を備えている。反射望遠鏡であるすばるは、望遠鏡の性能を実現させるための鏡面ゆがみ補正にハカリや力の計測のためのすぐれた原理として多用されている音叉振動式力センサーを利用している。カガミがゆがまないようにするための支持補正機構の重要な技術要素になっている音叉振動式力センサーによって、すばる望遠鏡は能力を発揮している。音叉振動式力センサーがすばる望遠鏡実現のためのキーテクノロジーであることを望遠鏡建設関係者が認めている。

 小さなものの計測も大事であり、ここでも宇宙関連のことを取り上げなくてはならない。小柴昌俊博士のノーベル物理学賞受賞で話題になっているニュートリノ物理学またはニュートリノ天文学である。ニュートリノは粒子間の衝突や崩壊を通して宇宙の歴史に、また現在の宇宙の構成に、重要な役割を演じる。ニュートリノは弱い相互作用のみを通してその存在を知ることができる物質である。ニュートリノとは、1933年にパウリによって理論的に存在を予言され、26年後に実験で確認された電気的に中性(電荷ゼロ)で、重さ(質量)がほとんどゼロの粒子。現在では電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノの3種類のニュートリノが観測されている。他の粒子との相互作用が弱く、物質を素通りするため、宇宙のはるか彼方や太陽の中心部で発生したニュートリノは、そのまま地球にやってくる。そのため、観測が非常に難しく、実際には塩素やガリウム、水素などの原子核に衝突したときにごくまれに起こる逆ベータ反応などにより検出する。小柴昌俊博士が責任者となって建設したスーパーカミオカンデは、巨大な水チェレンコフ検出器で、直径39メートル、高さ41メートルの巨大な水槽(水5万トンが入る)を地下1000メートルに設置されている。水槽の内部に光電子増倍管を1万1200個並べ、水中に陽子や電子にニュートリノが当たったときに出るチェレンコフ光を検出する。地球大気中で作られるニュートリノの観測、太陽からのニュートリノの観測により、スーパーカミオカンデは、ニュートリノ振動という3種類のニュートリノがお互いに交じり合う現象を観測することによって、これまで質量が無いと考えられてきたニュートリノに、質量があるという結果を得ている。今後、ニュートリノのすぐれた透過力を利用できるようになれば、星の内部や銀河の中心を見ることができるようになる。また、大気のない月面に検出器を設置すれば、すぐれたニュートリノ望遠鏡もつくれるようになる。見えないもの、非常に微弱な力を観測するという象徴としてスーパーカミオカンデを取り上げることができる。

 計測の科学と技術の体系は日々確実に発展しており、これを産業の面で応用する立場にある者は、先の2例の素晴らしい成功に励まされて、隠れている需要を掘り起こす技術開発に邁進することであろう。


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