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それからのメートル法−ヤードポンド圏からの離陸支援を−   多賀谷 宏              

アメリカ・イギリスの切換に燭光はある

 

◇教育水準の問題
 アメリカの叡知は眠ってはいない。例えばIBM会長のルイス・ガースナー等を軸とす る国内の有力者層による「アチーブ」という組織で、いまアメリカの公的教育の改革が計画されている。周知のようにアメリカは大学に象徴されるように私立教育面は世界的にもハイレベルだが、他方で公立校の初等教育になると全米レベルで総括するとき、見おとりする所も多いとのデータもある。その結果、前記のユニセフ調査結果に見られるような基礎学力の低下は、もはや国内でも等閑視できない問題とみられるようになっている。しかしこの国には経済政策やテロ対策などにみられるように、いったん事の重大さに気が付いて対応するとなると、その的確で俊敏な対応ぶりでは伝統があり他国には、なかなか真似のできない様々な前例が多い。この教育の問題でもいずれは大きな動きが現れよう。それはまさに時間の問題とみてもよかろう。  

 ところでメートル条約加盟国の18人で構成されるCIPM(国際度量衡委員会)には日本からは初代(1907〜1931)の田中館愛橘博士以来、第二次大戦後の数年間を除いて常に 委員が選出されている。そして1986年から昨年までは日本人として初めて、副委員長をも務められた飯塚幸三博士(現日本計量振興協会会長)が就任されていた。1980年代に私は氏と同じ通商産業省(現経済産業省)所属の研究所に勤務していた縁を頼りに、この小論をまとめるに際し、アメリカ・イギリスのここ数年のメートル法化に関する動向について教 えを乞うた。既述してきたような一般的なメディアで紹介される情報のみでは何とも一面的な観察に終わりそうな恐れがあったからである。また私としてはできることなら今少し現場寄りないし政府当局者寄りでの情報資料も欲しかったのである。適確に対応して下さった氏から貴重な2種の新しい資料を戴くことができた。それらによるいくつかの注目すべき切換に関する近年の両国の動向を以下、関連する話題毎に挿入していくことにする。  

 以下、便宜的に出所を区分するために米国がらみの資料を仮に〔資料US〕、そして英 国がらみの資料を〔資料UK〕と略記する。 

 本部としてコロラド州ボルダーの郊外に広大な敷地をもつアメリカ商務省所属のNIST(国立標準技術研究所)は、ワシントンに連絡事務所を、さらにその近郊ゲイザースバーグにも研究施設をおいており、筑波の産業技術総合研究所が移転計画時にモデルと仰いだ世界最大の総合研究施設といってよかろう。NISTの長官は大統領の直接任命制であってアメリカ議会へも関連事項を直接報告する義務を負っている。

 〔資料US〕によるとNISTは1976年以来、現代のメートル法の構成や換算等の用法に簡単な歴史まで付けて、解りやすく紹介した出版物を数種類作製し、その改訂を加えながら何度かメディアを含む全米公共施設に配布しているようである。また小学校などを主対象に`メートル法早分かり'式の壁新聞式ポスターを数十万枚配布するという普及策をも改訂版を含めて、たびたび進めている。 

 いっぽうこれとはニュースソースは別になるが、先にも記したアメリカ東部地区で4年間の米国勤務を経験してきた私の知人夫妻からの情報〔情報NH〕によると、教育レベルの高い高級住宅地域では小学校二・三年で既にメートル法を教えているし、街の文房具点 店で売っている定規も大半はインチとセンチの併用目盛りであり、子供のスニーカーなどはセンチ表示のほうが多いなどヤング層にはメートル法が浸透しつつあるとの感触を得たようだ。この夫妻は十一年前の滞在時と、今回とでは他国のモノへのアメリカ人の対応が大きく変わり、昔の頑固さは消えて良いモノはこだわりなく積極的に採りこむ姿が印象的だったとのことである。 

 では英国の一般市民の方はどうなっているだろうか。メートル法普及のイギリスでの元締はロンドン郊外テディントンに1900年創立のNPL(国立物理学研究所)である。引力発見者ニュートンでお馴染みの‘リンゴの木’(もちろん当時のものではない)が庭にあるので広く知られている。ここの元所長だった人に親交のある飯塚博士が、英国のメートル化の近況を照会して下さった。得られた回答〔資料UK〕によれば、イギリスでも学校でメートル法に慣れ親しんだ筈の子供達が、学校の外では親や商店主達との間に挟まり旧い単位を使わざるを得ない状況だし、産業界の一部ではメートル法の普及している欧州大陸との取引で、旧単位とメートル法との併用・混用が始まっている様子がうかがえる。例 えばカーペットを買うのに「3メーター幅のものを5ヤード欲しい」とか、板材をなんと「メトリック・フート(30センチ)」?で買うなどの始末であるようで、この元所長さんは ‘クレージーだ’と嘆いておられる。しかしこうした動向は単位切換の過渡期にはよく有りがちの事であって、長期間にわたり類似の生活体験を持つ我々からみれば、むしろ将来への明るい、微笑ましい現象が起きていると観測したい。これは私見だがこうした変化の背景にもインターネット社会における欧州諸国との直接的な情報交流の急速な拡大の影響が少なくないとみることができ、その意味ではアメリカ・イギリス共、かつての日本の切 換経過とはかなり違った経過をたどる可能性も少なからづ有りそうに感じられる。 

 イギリスにおいても問題の所在は子供達にではなく、むしろ「親達や街の商店主達(日本でいう中高年層)、そして実質的に成人社会の根幹を構成する「産業界」にこそあるとのNPL元所長が[資料UK]に記されている観測は、過去の切換達成国の歴史的経過をみてきた我々にも十分頷けるところである。ただ地政学的な視点から見るとEC域内にあるイギリスの方がメートル化には、アメリカよりも一歩早く進むのではないかというのが私の今の観察である。

◇換算や切換への公的な意識の動向 
 既にアメリカ政府自体は法的には何度もメートル法化を打ち出しており、1960年代にはかなり活発な動きがあって〔資料US〕によれば議会対策にしても労働・貿易・教育・消費 者・専門家などの各界代表700人からの意見聴取結果をまとめたレポートも提出されているようだ。 

 立法手続きにおいても1975年にはメートル法転換法を制定し、移行局まで設けた。しかし80年代以後この動きは「強いアメリカ、小さな(金のかからない)政府」の方針のもとに、目立った動きは影が薄くなったままである。その後も90年代前半までは「包括貿易法」の中で採り上げたり、政府機関の調達をすべてメートル法に移行する方針を唱ったりはしている。しかしいずれも採り上げられては立ち消えを繰り返され、決定的な切換・転換に は結びついていないようだ。 

 イギリスでも[資料UK]にみる元NPL所長の表現によれば「イギリスは公的にはメートル法国である」が完全達成の遅れから「切換達成で光り輝くオーストラリアとは対照的に、イギリスは長期にわたりメートル法との換算という過程で余計な対価を支払い続けている」状況が続いている。それでも最近は多くのスーパーマーケットやガソリンスタンドなどが、メートル法換算表の配布や併記に熱心な動きを開始しているとのことで、この傾向は90年代からパック詰め食品などをはじめ顕著になりつつあるとのことである。なお〔資料UK〕では切換の難しい民生分野としては`道路標識'と、牛乳やビール用のパイント系`飲料ビン'だとされている。(日本でも一升びんや五合びんの切換は心配された。) 先にメートル化における最大の難関は国防だと記したが、これは膨大な切換コストと要員の教育に長期間を要する事の二つが大きなネックとなっているのであって、メートル法の合理性と世界的な普及度については軍の内部でもよく認識されている筈である。特に現代のように国際的軍事行動、対テロ対策等においてはEU・ロシア・日本を含むアジア諸国との協力が不可欠な状況を迎えれば、この単位の不一致は即応性が欠かせない多国間の協同軍事行動にとっても大きな障害であろう。最近あい次いで起きている米英2国のみで他国の協力が得られないまま開始される軍事行動パターンは何となくそれを象徴しているかのように見える。したがって両国の国防関係者にもおそらくメートル法切換自体の合理性に対する正面からの理論的反対は無いのではと想像される。それゆえ合理性をもたない反対論の実態は、過去に蓄積した既存知識の温存にこだわるといった人的なイナーシャの中にあるかと思える。 

 例えば象徴的な例を引けば、ヤードポンド系にもっとも執着しているのは意外や意外、NASAだという説が数年前からある。理由はその技術基盤を支えるアメリカの電子技術者や`インチ'をベースに蓄積されてきた航空機メーカーやコンピューターソフト関係者に反対が多いためだと云う。さらに彼らには「宇宙開発はアメリカのもの」という潜在意識が未だに根強くて、欧州や日本等、現在では国際宇宙ステーション建設など資金的にも技術的にも欠かせない重要なパートナーの意見を聴こうしないところがあるという。たしかにアポロ計画以来のアメリカの功績は今なお最大の敬意をもって認められるべきであろう。しかしこれも今日では国際共同開発費の比重の拡大でNASAも一つの大きな局面を迎えており、予算的にも先端技術的にも頼りにせざるを得ない協力国グループの意向を重視しなければならず、早晩NASA自身の意識改革が逼迫した課題になることが想定される状況になりつつある。 
 米国内でさえ、このままメートル法を導入しない限り先端メーカーは国際競争力を失いかねないとの議論がすでに90年代から増えつつあり、現実に自動車・鉄鋼・造船・電機等の いわゆる基幹産業といわれた製造部門には明瞭にその兆候が現れていると指摘されている。しかしアメリカ・イギリス両政府当局者は、期せずして切換にもっとも無関心を装って いるのは、いまだに産業界だとの観測を下している。  
 さきにも触れたがイギリス・アメリカとも先端的技術開発や自然科学分野では、すでにSI(国際単位系)が広く使われており、また自然科学系の国際学会での研究発表も同様である。また精密機械やロボットなどの先端技術部門では意外にインチからミリへの切換は容易であって、むしろ最も難しいのは設計部門や修理部門など、中間に入る技術者の頭の切り替えだという説もある。このように単位切換達成への障害の最も大きい部分はむしろ「人的要因」というべきかもしれない。しかしこの人的要因の存在はNASAのみではなく、国防組織の指揮官クラスにも大きく残っていようことは想像に難くない。さらにアメリカの場合、国内で独特の伝統的敬意をもって遇されている海兵隊出身者や在郷軍人会は影響力を様々な面で持っているようであり、他にも配慮すべき集団があろう。こうした部分こそが、その完全な切替達成に50年から100年という長い時間的経過を必要とする「世代交代」効果に期待せざるを得ない対象なのである。

◇世代交代への期待と着手の機会 
 度量衡単位の切換という社会制度改革が達成される際の決定的な底力は世代交代によってのみ生まれてくる。ところが厄介なことにこの単位切換における世代交代というものは、単に人が代わるだけでは意味をなさない。アメリカ・イギリスとも、とにもかくにも、 どこかの時点で次世代を担う若年層からの完全な一斉切換、つまりメートル法を義務化す る教育を現実に着手しないことには、座して待っていても自然発生的には決してスタート し得ないものなのである。このことは逆に云えば軍やNASAあるいは産業界のことはさておき、既に切換を達成した諸国の例を引く迄もなく初等・中等教育段階でのメートル法 教育に、全米レベルで真正面から着手することが先決課題であることを物語っている。その意味では例えば今アメリカで改革が企てられているとされる公的な基礎教育段階の充実策の中で、メートル法を任意ではなく義務教育として採りこむという具体的手段に着手することが含まれれば、それは真の世代交代への貴重なスタートを切ることを意味し同時に将来への単位切換の可能性が、ぐんと現実味を帯びてくることをも意味している。    

 以上いくつかの切り口でアメリカとイギリスのメートル法切換の可能性を考えてきたが、既に読者の多くが感じておられるように、その壁は厚く越えるべきハードルの、いずれもが多様で、かつ高い。それでいながら困難ではあるが突破口が全く見つからない訳ではないことも理解していただけたならば、この小論の当面の目的は果たせたのかも知れない。またイギリスは〔資料UK〕で、牛乳やビールなどの液量旧単位“パイント(約1/2リットル、だが英米間で約20%も異なる量!)びん”の世界が、その歴史的な背景から切換にもっとも困難との観測であったが、これとても日本における牛乳びん、一升びん、ビールびんの経過を思い出していただけばわかるように、実際の切換にはびんの生産工程の変更なしに標記ラベルのみの切換対応で済ませられ、ラベルに多少の端数が付いていても人間の生活習慣に根ざす、飲料びんの大きさは伝統に委ねて変えていない、などの対応を採ることができ差程の難しさはなかったというのが我々の感覚である。日本がアドバイスできるところもこのように決して少なくないように思える。

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